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百年企業のれん三代記

神田で三代以上のれんを守ってきた老舗にスポットをあて、初代から現在に至るまでの歴史を写真と文章でご紹介します。

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第7回 有限会社ヤマモト鞄店

お話:4代目 山本 保 さん(記事公開日:2011年8月5日、文:亀井紀人)

■初代・直吉(創業 文久2年[1862])

 伊勢からこの地、神田鍛冶町に出てきて、「伊勢屋」の屋号で袋物などの小間物屋を始めました。初めは、背負い駒(しょいこま)と呼ばれた「外商」で稼いでいましたが、下宿屋を併設した小さな店「山本袋物店」を開きました。文久2年(1862)の時です。
【明治15〜6年頃の鍛冶町通り(現在の中央通り)の風景】
 人力車、鉄道馬車が行き交う、活気のある町の様子が伺えます。(千代田区四番町資料館『江戸町与力の世界』より)

■2代目・清之助(明治18年[1885]~ )

 当時は日本橋のたもとに魚河岸があり、神田多町には「やっちゃば」青物市場があって、その中間地にあった当店では、威勢の良い河岸や市場で働く人たちや、そこを訪れる方たちに、煙草入れや眼鏡入れなど袋物がずいぶん売れました。河岸で働く人たちは、大盤振る舞いで大変羽振りがよかったと聞いています。
【明治33年2月発行の東京営業便覧】
 神田金物通りの右隣にある「小路」の右側に、「袋物商山本清之助」の文字が(○で囲んだ部分)。
【明治30年頃、現在の中央通り沿い神田駅より秋葉原方向にあった東陽堂支店を撮った写真】
 当時の町名は通新石町。もうこの頃には、竹の子のようにたくさんの電柱が出現しています。(出典:『風俗画報』)

■3代目・松之助(大正7年[1918]~)

 松之助が3代目を継いだ翌年の大正8年に、国鉄神田駅が誕生します。中央通りの今川橋付近は、昭和25年まで露天商が出ていた為、大変賑わいのある通りでした。日本橋三越は国電の神田駅利用客を取り込むために、クリスマスの装飾をしたり、正月には角松を立てたりと、駅周辺を重要視していました。
 軍隊に行っていたので、商売での父の思い出はあまりないですが、町会の相談役をしたり、鞄業界の役員などやっていました。父の時代に、関東大震災と第二次世界大戦があり、店も区画整理や建て直しがありましたが、一貫してこの地から動いていません。
【3代目松之助の神田祭時のポートレート】
【3代目が使っていた時計と、眼鏡入れ】

■4代目・保(昭和22年[1947]~ )

 私は、戦時中は陸軍病院で臨床検査室に勤務し、ペニシリンを作ったりと、特殊な仕事に携わっていましたので、そちらの世界でも食べて行けましたが、4代目として昭和22年に家に戻りました。時代は、高度成長期に入り、当店は全盛期を迎えました。店の人員も6~7人おり、神田駅から兜町まで歩いて通う、証券会社のお客様も大変多かったですね。外商にも力を入れ日銀はじめ名だたる上場企業のお得意様がたくさん出来ました。主力商品はビジネスバッグです。
 他所の店にはない当店の特徴は、腕のいい職人さんによるオーダーメイドでお客様の好みの鞄を作れることでしょう。また、鞄の芯にボール紙を使わず、肉の厚い革を使うことによって、軽くて型崩れしません。仕事をする人の資本として、鞄5個、靴15足といって鞄や靴は、用途に合ったものを、まめに交換すると長持ちします。当店では、買っていただいたお客様に、定期的に鞄の健康診断を実施しています。メンテナンスをすることで鞄は長持ちし、その良さを判ってもらえたお客様が、リピーターになってくれています。
 昭和56年に新築ビルに取り掛かりましたが、基礎工事中に耐震基準が変わり、工事を一時ストップして耐震構造のビルにしました。千代田区でも先駆けだったようで、工事中も、完成時も沢山の関係者が見学に来ました。
 5代目となる裕一と一緒に仕事をしていますが、神田の駅周辺は以前と比べて大きく変わりました。物販店がどんどんなくなり、飲食店ばかりの町に変化しています。以前あった今和会という名称の商店会は、私の会長時代にカラー舗装化が実現できました。しかしその後は残念ながら、その商店会はもうありません。
 しかしながら、この店はもうすぐ150年になろうとしていますが、これまで続けてこれたのは、お客様にかわいがってもらえたからです。親子三代に渡ってお付き合いしているお馴染みさんが圧倒的に多いのです。5代目もお客様がいる限り、頑張ってくれるでしょう。
【4代目保氏と5代目裕一氏】
 ヤマモト鞄店店内にて 
●有限会社ヤマモト鞄店
東京都千代田区神田鍛冶町1-7-12

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