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百年企業のれん三代記

神田で三代以上のれんを守ってきた老舗にスポットをあて、初代から現在に至るまでの歴史を写真と文章でご紹介します。

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第49回 株式会社北沢書店

お話:今本 義子氏<株式会社ブックハウスカフェ 代表取締役> (記事公開日:2018年4月30日、文:竹田令二)

■はじめに

――学生時代に「洋書の北沢」でお世話になった本は、いまも本棚に鎮座している。時間ができたら、また、勉強したいと思っているものの、しっかり根を張った怠け癖が引っ込まず、眺めて買った当時の向上心は寝ぼけたままだ。それでも眺めるたびに店の本棚に向かった時のときめきのようなものが、よみがえる感じがする。本の魔力のひとつかもしれない。
【1階にブックハウスカフェ、2階が洋書の北沢書店】

■初代 北澤 弥三郎(明治17[1884]年生~昭和33[1958]年没)

 滋賀県の出身で、16歳の時上京し、神保町の稲葉書店で2年修業したのち、明治35[1902]年に創業しました。近江商人の血が流れていたのでしょう。機を見るのに敏で、当時続々と設立された、旧制の大学、高校などへ図書を大量におさめ、急成長しました。父の書いた文を読むと「(祖父は)あまり店にいたことはなく、全国をまたにかけての売り込み、買い出しで大活躍……その頃にできた大学、高校の図書館で納めなかったところはほとんどなかった」とあります。祖父の時代には神保町に3店舗を持ち、ソウル、台北にも出張所を置いた時代もあり、神保町を代表する店のひとつになりました。設立当時は国文学の店だったんですよ。
【弥三郎氏】
【関東大震災前の旧店舗】

■2代目 北澤 龍太郎(大正6[1917]年生~昭和56[1981]年没)

 父です。学究肌の人でした。一高、東大英文科を出ました。こんなことを父は書いています。小学生の習字を習い始める大分以前から、高価な全集のような揃いものの背表紙の漢字を白い紙に書き写しては、本の上にかけておくことをさせられていたそうです。その本が2、3日で売れて、書棚にぽっかり穴が空くと実に寂しい気持ちだったと。
 大学を卒業した父は戦争の突発で、海軍の横須賀に入団したのですが、2週間目に急性肺炎を起こし、長引き、霞が関の海軍軍令部に移され、敵国の英米の雑誌や新聞を読んで要点を報告するポストに回され、「願ったりかなったり」の仕事に従事することになりました。今でいえば、情報分析なのでしょうが、「近着の『ライフ』や『タイム』を次から次へ提供してくれ、何の干渉もせず放任してくれた軍令部は実に寛大でした」ですって。おかげで、「経済、歴史政治等の勉強が思うようにでき、英文科時代に比べて知識がかなり広くなり、(結果として)本屋の仕事にも大変役に立つ結果になった」ようです。
 戦後すぐにお茶の水大の教壇に立ちましたが、昭和25[1950]年には対日援助政策の「ガリオア留学生制度」の第1期生として渡米、米国の大学で2年間学びました。帰国後、お茶の水大を辞めて、商売を継ごうとしましたが、逆に教壇へのお誘いが次々舞い込み、結局、都立大でその後6年間教鞭をとりました。「本の虫」の父は、研究を続けるか、商売をとるか、かなり悩み続けたようですが、昭和33[1958]年5月に店を継ぎました。でも、祖父ががんで入院。一緒に働くことはできず、祖父の商売のノウハウを受け継ぐことはできませんでした。
 性格的に商人には向いていなかったと思います。それに古書の世界はいろいろ個性的な人が多いので、かなり苦労したと思います。父は自分の専門の英米文学研究で、洋書の入手の難しさを実感していたので、洋書の輸入販売に店を大転換します。従来の国文学関係は現在古書センターにあった支店に移しました。母の悦子も英文科出で、得意のタイプライターでカタログを作り、当時増え続けた新しい大学に送るなど、事務仕事をこなし、「洋書の北沢」を夫婦で作り上げました。物静かで学究肌の父と、パワフルな母とで、4人の子どもを育てながら、店を大きくしていきました。土地も60坪から200坪までに広げ、今のビルにまでできました。母は、上京してきた若い店員を自宅に寝泊まりさせ、世話もしました。ですから皆から「ママさん」と呼ばれ、今でも同窓会が行われ、一緒に希望と活気のあふれた時代を懐かしんでいるようです。
 
 母は87歳になる今でも矍鑠(かくしゃく)としており、週に2~3回、店に来て、計算機片手に帳簿をチェックしています。もとは福岡県の出身で、自称「おとなしい娘」で、見合い結婚でした。「学者の妻」になるはずが、嫁いでくるなり、店番と店の仕事に追い回されたわけです。あるとき、女子大生のころの美智子様が店にいらしたそうです。「なんて美しい方」と思っていたら、ご婚約、ご成婚。何かの時に「透明人間になったら」と聞かれ、美智子様は「学生のころ通った神保町の古本屋さんに行き、もう一度長い時間をかけて本の立ち読みをしてみたいと思います」とお答えになり、取材が殺到したこともありました。
 高度成長の波の乗ったこともあり、両親の洋書化は先見の明があったと思います。両親は昭和の歴史を見つめてきたのでしょう。映画「ALWAYS丁目の夕日」を見ていて、涙を流しているのを見て、そう思いました。いい時代だったのだと。
 
 私が小学生の頃から父は病に伏し、入退院を繰り返し、高校2年の時にがんで他界しました。今のビルが昭和55[1980]年9月に竣工しましたが、それを見ずに、さぞ心残りだったろうと思います。
【龍太郎氏】
【新しいビルを建てる前の北沢本店「洋書専門」(画像左)と、来店したマクミラン元英国首相と和服姿の龍太郎氏(画像右)】

■3代目 北澤 一郎(昭和30[1955]年生~ )

 長兄です。父が亡くなった後、店を継ぎ、母と次兄とともに店を支えてきました。しかし、時代は大きく変わりました。洋書の入手もインターネットで簡単にできるし、大学の予算も減り、昔のように大量に購入するわけには行かなくなっています。それで、11年前の平成19[2007]年に1階の新刊洋書部門を閉じ、2階を洋書古書部門としました。兄に聞いた話ですが、アマゾンで価格を調べて、店の特売コーナーの本の価格の値下げを求めたり、写真をスマホで撮ろうとしたりする人がいるそうです。写真ですぐアマゾンのサイトに飛び、値段を比較するのでしょう。父は「お金を持っているよりも書籍をお店の中に仕込んでおいてあるほうが嬉しい」という人でしたから、兄も「親父だったら安い値段をつけず、高い値段をつけて売れ残ったほうがいい、と言いかねない」と苦笑していましたが。難しい時代です。私は富士銀行に勤めていましたが、バブル期に書店が人不足で大変だったときに銀行を退職して、書店の仕事を手伝ってきました。
 
 1階には、〈ブックハウス神保町〉という児童書の店が入りとても愛されていましたが、残念ながら、昨年の2月に撤退しました。私はそのお店が大好きだったので、閉店がとても残念でしたし、この場所に本屋ではなくコンビニやスーパーといったテナントが入るのは何としても避けたいと思いました。そこで、昨年(平成29年5月5日)に、子どもの本専門店「ブックハウスカフェ」を開く決心をしました。そこで、昨年(平成29[2017]年)5月5日に、児童図書の店「ブックハウスカフェ」を開きました。店内の両側に本棚を置き、中央は喫茶飲食のスペースです。親子連れでゆっくり本を楽しんでほしいからです。本は、あれこれ探すのが楽しいし、迷うのも魅力のひとつです。絵本の作者の原画展や、関連するグッズの展示も店に続く小部屋でやっています。著者のトークショーも開いています。ブックハウスカフェが絵本文化の発信を担うような「この店があって良かった!」と思って頂けるような意義のある存在になれたら嬉しいです。
 2階の洋書には、どうしても用のある人しか来ません。1階は何よりも「人が集まる店づくり」を心がけています。本の販売だけでなく、昼間はカフェ、平日は夜の11時まで営業してお酒もお出ししています。また、毎日のようにイベントを開催しています。絵本作家さんのトークイベントが多いですが、異業種交流会や結婚式の二次会、同窓会など、様々なお集まりにご利用頂いています。同じ関心を持った方が集まり、出会えるコミュニティー的な役割を果たせたらいいなと思っています。0歳から100歳まで楽しめる神保町のディズニーランドみたいなイメージですかね。
 開店して1年近く経ち、少しずつ光も見えてきています。
 
 2階の洋書でも変化が出てきています。兄の長女の里佳が頑張っていますが、なかなか面白い仕事で利益を出しています。英語や本と縁遠いアパレル産業に長くいた姪ですが、本をディスプレイとして売っています。きれいな本、格好いい本です。ショッピングセンターなどで売れているそうです。古いお客様からは「本の上にアクセサリーを置くなんて!」というお叱りも受けることがありますが、でも背景であっても、本がそこにあることが意味があるとも思えます。本の持つ魔力がディスプレイを支えているとも思えてきています。本と人の現代的な関係かもしれません。
 
――本の読み方にはいろいろある。「積読(つんどく)」、「置い読(おいとく)」、「買っ読(かっとく)」……「放っ読(ほっとく)」まで来ると、家人の大きな批判に合う。本に囲まれていないと不安になる。出かける際に、カバンに本を入れ忘れると落ち着かない。依存症なのかもしれない。でも素敵な依存症である。だから、神保町は魅力的なのである。時代の大きな曲がり角で、本の街の魔力を新しく作り出そうとするチャレンジャーに出会った。
【一郎氏と義子氏】
●株式会社北沢書店
千代田区神田神保町2-5 北沢ビル2F
電話:03-3263-0011
http://www.kitazawa.co.jp/

◆株式会社ブックハウスカフェ
千代田区神田神保町2-5 北沢ビル1F
電話:03-6261-6177
https://www.bookhousecafe.jp/

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