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百年企業のれん三代記

神田で三代以上のれんを守ってきた老舗にスポットをあて、初代から現在に至るまでの歴史を写真と文章でご紹介します。

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第13回 株式会社檜書店

お話:5代目 椙杜久子(檜久子)さん、6代目 檜常正さん(記事公開日:2012年5月2日、文:亀井紀人/追加記事公開日:2018年2月19日、文:竹田令二)

■創業

 創業は、万治2年(1659年)2月京都です。(一説にはその20-30年前の寛永頃)初代の山本長兵衛が二条通御幸町西入で観世流謡本を出版したのが始まりです。当時の二条通りは、現在の神田神保町のような本屋の集まる通りだったそうです。当初は私的に出版していましたが、元禄頃(1690年台頃)から観世大夫と繋がりを持ち、観世流宗家公認の謡本の版元となり、謡本を出版するようになりました。観世流の流行と共に全国に販路を広げ、安泰の世と共に店も繁盛しました。
 それから約200年後の幕末期、池田屋事件を引き金とする元治元年、尊攘を藩論とする長州藩が京都に攻め上り、薩摩、会津両藩との激しい交戦となり、その兵火によって京都の市中は三日間燃え続けるという惨禍に、山本家も巻き込まれます。元治の大火は店を構えていた二条御幸町の一帯をも襲い、謡本の板木のほとんど全てを、わずか一日で灰にしてしまいました。
【慶安2年(1649年)初夏、観世流の謡本、右が「芭蕉」左が「小塩」の2冊 檜書店蔵】
【山積みされた初期の謡本のための版木、印刷機のない時代、このような版木によって本は印刷された。出版業者は版木を持つことが版権となっていた。 檜書店蔵 】

■初代(橋本常栄)檜木新兵衛孫

 文化9年(1812年)生まれ。記録によると常栄は橋本姓とともに、檜木屋の屋号を名乗っていたことが確認されています。橋本家はもともと両替商を営み、順調な商売に任せて、出版業にも手を広げ、当初は仏書の出版を中心にする、仏書書肆として出発しました。現在まで続く謡本書肆としての檜書店の基礎は、常栄の代から出発します。
【下が版木、上が版木で印刷された謡本の一節。職人がひと文字ひと文字彫り作る版木によって、当時の印刷が可能となった。今はもうその職人もほとんどいない。檜書店蔵】
【聖徳3年(1713年)謡本「仲春」五番綴じ半紙本 奥付に京都二条通御幸町西の住所と山本長兵衛新刊とある。 檜書店蔵】

■2代目(橋本常祐) 檜常助

天保二年(1831年)渡辺庄右衛の次男として生まれた常祐は、嘉永3年(1850年)橋本常栄の養子となりました。
 翌年より三井京店で奉公の日々を送り、その後には暖簾分けを許され、越後屋の屋号を名乗る、れっきとした三井家に連なる商人でした。
 慶応元年(1865年)、跡取りのいなかった山本家は、隣家でもあった橋本常祐(後の檜常助)に、元治の大火で焼けた版木の株を買い取ってもらい、慶応2年、2人の連名で最初の謡本も刊行しています。その後、山本長兵衛の版権は全て常祐が譲り受け、常祐はその版木を使って二条柳馬西入で出版業を始めました。
 橋本常祐は明治になって屋号を「檜屋」とし、姓名を「檜常助」と名乗ります。常助は金剛謹之輔とも親交を深め、明治31年(1898年)には金剛流謡本も手がけるようになりました。
【2代目檜常助の肖像画】

■3代目 檜常之助

大正6年(1917年)3月、観世流宗家が東京に来られるのに伴い、現在地の神田小川町(区画整理前は神田錦町一丁目)に、東京店檜大瓜堂を開店しました。大瓜堂(たいかどう)は大売り堂に通じて、縁起の良い名前でした。
 その頃は、道路側前面が店で後ろに住居があり、庭では鶏を飼っていたそうです。昭和3年6月には合資会社檜書店を創設し、東京店を本店としました。夫婦とも京都の出身で、妻の千代さんが几帳面なしっかり者で、陰で夫を支えていました。祖父としての思い出としては、菊づくりをしていた温和な人でしたね。
【3代目常之助のポートレート】
【常之助家族団欒の写真 左から常之助妻の千代、常之助、次男英次郎、長男常太郎、長女泰子】

■4代目 檜常太郎(明治42年[1967]生)

明治42年生まれの父は、大学を出てすぐに家業に就き、謡本の改訂に取り組み、今の大成版が生まれました。その後、第二次大戦で戦地に行き、無事帰ってこれましたが、小川町の店も自宅も空襲によって全て焼け、謡本づくりのために買ってあった貴重な和紙は、3日間燃えくすぶっていたそうです。
 戦地から帰っても住むところもありませんでしたので、世田谷の叔母の所で間借りをして、暮らしました。その間、洋裁の出来た母が、家計を助けてくれました。
 父は店の再建のために全力で取り組みます。幸いなことに、京都の店は戦災から逃れることが出来ましたので、バラックを建てて再興を果しました。
【昭和37年檜ビル新社屋竣工時】
左隣に平和総合銀行があった
【昭和40年頃、舞囃子する常太郎】
大曲(おおまがり)の観世能楽堂完成時

■5代目 椙杜 久子(平成元年[1989]~ )

 檜書店の歴史は、しっかり者の女が陰で支えて来た歴史と謂えます。
 私が手がけたこととしては、少しでも能や狂言のフアンを増やそうと、主流だった謡本以外の入門書を出版したことです。「まんがで楽しむ狂言ベスト70番」を始めカラーブックスのシリーズも作りました。こうして檜書店の本が少しずつ一般書店に並ぶようになりました。
 家訓と謂えるかも知れませんが、檜家の代々から教わっていることとして「良いときも悪いときも、生活を変えない・倹約が大事」ということです。嬉しかったことといえば、4代目から受け継いだ13年間の中継ぎでしたが、無事に6代目にバトンタッチできたことですね。
【久子の手がけた能や狂言の入門書ならびにカラーブックス】
【久子のポートレート、店内にて】

■6代目 常正(平成13年[2001]~ ) 2018年2月19日追記

 約10年間の銀行勤めを終えて、檜書店に入りました。跡継ぎとして、子供の頃から能に親しんできましたので、ごく自然にこの仕事に入れました。
 能はご存知のように、最も動きの少ない舞台のひとつです。舞台をご覧になる方の知識によって、受け手の得る内容の広がりが変わります。その人の感性や、見方により深くも浅くもなります。そこが面白さでもあり、弱点でもあるのです。
 わかりやすさも必要です。それで、謡(うたい)本に加え、能の現代語訳本を出し、舞台観賞用には舞台の動きに合わせてセリフがタブレットに表示される字幕サービスを開発しました。舞台の脇に表示する方法もあるのですが、従来のお客様には「うるさい」と感じる方もいらっしゃいますので、座席で端末で見ていただく方法にしました。将来は眼鏡型のウエアラブル端末に表示を、とも考えています。
 また、能、狂言の名曲をそれぞれ70曲ずつ紹介した漫画本も出しました。学校の図書館にも入っており、当社のベストセラーでもあります。セリフによっては現代風のダジャレに仕立てて、興味を持ってもらえるようにしています。そのほかにも、謡曲の舞台を巡り現地を紹介する「謡蹟」本や、能の色鮮やかな装束を紹介する本など、舞台を少しでもわかりやすく、興味を持ってもらえるものを出しています。
 能は公演形態の問題があります。一番大きい国立能楽堂でも収容人数は約600人です。公演は1回切り。歌舞伎座なら約1800人収容でき、公演も数週間に渡ります。それだけ広がりにくいのです。薪能が各地で行われています。規模が大きいと観客が1000人を超える公演もありますが、その後能楽堂にいらっしゃる方はほんの数パーセントです。どうつなげることができるのか、悩ましい問題です。若い方は、学校の鑑賞教室で狂言を見た経験しかない方が多いような気がします。
 一般の方には古典芸能というと(どれも着物を着てやるものというので)能、狂言、歌舞伎の区別がつかない方が多いのでは。
 能の世界でもいろいろ努力をしています。毎年のように新作も上演し、また、各地のご当地曲や神社仏閣にまつわる埋もれている曲の復活も行われています。宝塚歌劇とのコラボレーションも試みられました。弊社で始めた字幕サービスでは英語も表示できますし、要望があればフランス語、中国語など多言語に対応できます。
 弊社では月に2回ほどですが、能の先生に会社に来ていただいて謡の稽古をつけていただいています。始めるのにそれほど費用は掛かりません。稽古の月謝は5000円~1万円程度から始めることが出来ます。鑑賞でもチケット代はやはり5000円~1万円です。団体稽古もあります。踏み込めば楽しさは倍増します。お稽古をされている方に聞くと、舞台を見るだけより、自身で謡われたり、舞われたりする方が楽しいそうです。能はお稽古をすることで、ご自身で桧舞台に立つことが出来るのです。ついでに、能は健康法にもなります。体を動かしますし、姿勢もよくなりますよ。
 気になることもあります。英語教育が小学校のカリキュラムに組み込まれました。学校が英語優先にあり、「教えにくい」とか「受験に関係ない」などを理由に、日本の古典が取り上げられないケースが多いようなのです。伝統芸能は日本人の宝です。これを知らないなんてもったいないことです。平成24[2012]年から中学の音楽教科書に、「羽衣」が入りました。これによって、少しでも興味を持ってくれる、若い人たちが増えてくれるといいですね。店には能、謡曲、狂言などの入門書や解説書をはじめ、たくさんの本やDVD、CDが揃っています。神田の特色のある本屋として、気軽に立ち寄って頂きたいですね。
 後継ぎの長男は今年小学校にあがります。すでに仕舞の稽古を始めています。
【謡曲を謡う常正(右端)】
【常正のポートレート、店内にて】
●株式会社檜書店
住所:千代田区神田小川町2-1
電話:03-3291-2488
https://www.hinoki-shoten.co.jp/

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