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百年企業のれん三代記

神田で三代以上のれんを守ってきた老舗にスポットをあて、初代から現在に至るまでの歴史を写真と文章でご紹介します。

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第1回 かんだやぶそば

お話:4代目 堀田康彦さん(記事公開日:2005年8月1日)

■初代

 初代の堀田七兵衛は、蔵前で100年くらい続いた蕎麦屋の四代目でしたが、明治13(1880)年、廃業した団子坂の藪蕎麦の屋号を譲り受けて、連雀町(現在の神田淡路町)で営業を始めました。七兵衛は非常に商売熱心で、洋服が流行し出した頃には畳の上に椅子席を設けるなど時代をリードしていました。また、東京蕎麦饂飩商組合の創立にも尽力しました。
 店自体は関東大震災(1923)で倒壊しましたが、その年のうちに再建したと聞いています。幸い戦争では焼けなかったため、現在の店舗はその当時(大正時代)のものです。もちろん内装などは手を入れていますが、客席の部分はそのままです。
【初代死亡時に出た号外】
「翁は商売には実に気狂のごとく熱心であった。其一生は戦争の如く、日常翁の念頭には商売以外何物もなかったのである」とある。また大の地震嫌いだったというエピソードも紹介されている(「麺業新報」昭和2年11月30日付)。

■2代目

 二代目平二郎は次男でしたが、長男が早くして死んだので跡を継いだそうです。初代のような話題性のある人物ではなく、引き継いだものをいかに着実にこなすかに心を砕いた人だったようです。ですから組合の指導者として華々しく活躍したという話も残っていない。日清戦争、日露戦争を経て日本が経済的に発展して、太平洋戦争の終わる前に死んでいますから、たぶん一番いい時期を過ごしたんじゃないでしょうか。その人生において最悪の状況は体験せずにすんだ人ですね。
【神田祭山車四十番スタンプ集】
初期の東京のれん会に属する店が山車人形とともにスタンプされている。神田祭が現在のような神輿祭になる前の山車祭の頃のもの(戦前)。やぶそばは三十九番で蓬莱の図柄。三十八番(右)は洋菓子喫茶近江屋で神武天皇である。

■3代目

 3代目の康一は若いときはダンスに興じて、全日本チャンピオンになったこともあるそうです。大正ロマンを謳歌していた人ですね。一転、太平洋戦争が始まると戦地に赴き、36歳の時に戦争が終わった。戦地から戻り結婚して、幸い店が焼けなかったのでなんとか店を立て直しました。長生きをした人で、95歳まで生きた。50歳頃には神田のれん会のメンバーとヨーロッパとアメリカへ商業視察に行き、新しい時代の経営のあり方を見てきた。これからは自動車の時代だ、従業員はパートタイマーの時代だということで自動車の免許をとり、その後40年間運転していました。
【店のスケッチ(昭和45年)】
季刊『新そば』に掲載されたやぶそばの外観(季刊『新そば』より転載)

■4代目

 蕎麦屋の子は蕎麦屋、パン屋の子はパン屋になるというのがごく普通の時代でしたから、何の疑問も持たずに店を継ぎました。調理場に出て手伝いをする傍ら他店に出されて、外の世界から自分の店を見る、自分の業界を見るという機会を与えてもらいました。事業を継承することの大変さを身にしみて感じていた3代目からは、私が仕事に就いたときから「相続というのは一大事業なんだから、その準備はちゃんとしとけよ」と言われていました。ですからわりと早くからそういったことを意識して、都心の商業継承、事業継承についてはいろいろな場所で発言してきました。
 店の第一義はもちろん味を守ることですが、いくらいい味であってもそれを残す仕掛けをしていかなければ店を続けていくことは難しい。店を運営していくというのは、今現在の内容を維持しブラッシュアップしていくことのほかに、長期的には後継ぎをつくる、事業継承のメカニズムのなかでそれに対応できるだけの備えを構築するということが大切なんです。
【一文字うちわ】
神田祭の際、連雀町にある9店が独自の商業活動をしようということで一文字うちわを作り、お祭の期間中お客さまに配った。表は連雀町の山車人形である熊坂が、裏は山車人形のスタンプと店名が入っている。右は髭文字の「藪」が一字だけ入ったうちわとコースター。

■5代目

 私は65歳で引退しようと考えています。ですから店のことは実質的には5代目が動いています。彼は、若いお客さまにも来てもらえる店、デートコースにもなるような蕎麦屋、家族でくつろげる店、サラリーマンにも愛される店を目指しているようです。また、江戸神田蕎麦の会(神田地域の蕎麦屋の若旦那衆が集まり、江戸時代からの食文化である蕎麦をアピールすることで神田地域を含む千代田区を活気づけることを目的に設立された団体)の一員として活動しており、その一環として企画された神田そばあーとフェスティバルでは、店内に現代アートを配して「食べる」楽しみに「見る」楽しみをプラスするという試みをするなど、新しいことにもチャレンジしています。
【子どもと一緒にデザインしよう会】
日本大学の学生が中心となって立ち上げた「子どもと一緒にデザインしよう会」では、子どもたちに食べてみたいそばのアイデアを募集し、神田のそば屋の若旦那衆による審査のもと、実際に子どもたちが考えたそばをつくった。子どもたちがデザインしたそばをつくる五代目。
●かんだやぶそば
住所:千代田区神田淡路町2-10
電話:03-3251-0287
http://www.yabusoba.net/

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