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神田のさまざまな風景を、今昔を取り混ぜた写真でご紹介します。

■アテネフランセ

神田駿河台2丁目
1962年。吉阪隆正。戸田建設。
 今は亡き寺山修司本人に出会ったのは、当時アテネフランセで上映されていた映画チケット購入のため、受付を訪れた時であった。偶然だろうが、無人の狭い部屋に彼が現れ、一瞬目が合い怪盗のごとくすぐ奥へ消えた。おそらくこの時彼は、自身の演劇「盲人書簡」の準備に追われていたのであろう。それから数日後、建物最上部にある講堂で上演された「盲人書簡」を私も見に行った。いきなり灯りが消え闇黒の世界、そしてマッチ一本の幕開け。圧巻であった。
 アテネフランセはなぜ、紫色なのか。赤、青、白のフランス三色旗の色を混ぜると、パープルになるからではない。しかし、この建物が登場したのは画期的であった。当時、確かにコンクリートの打放しは流行っていた。しかし、ここに斬新な色のペイントが施されようとは誰も想像しなかった。紫壁面の北は白で塗られている。ここにはランダムにばらまかれたアテネフランセの文字が踊る。
文:中西隆紀

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