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KANDAルネッサンス 102号 (2015.11.25) P.1 印刷用
【丸石ビルディング】
なかだえり
 界隈を歩いていてこのビルに偶然出合うたびに「素晴らしい!」と毎回のように驚き、そして見入ってしまう近代建築。アーチや柱頭部にはフクロウや羊、牛、馬、鳥などの動物、植物などのさまざまなレリーフが刻まれている。そして勇ましくもどこか憂いの表情を浮かべる2頭の獅子像が、勤勉さをもって玄関を守る。
 このビルを所有する株式会社太洋商会の常務取締役石川賢一氏にお話をお伺いした。戦前貿易を営む丸石商会(後の丸石自転車)が事業の拡大に伴い、そのホールディングカンパニーとして太洋商会を設立、その由縁で丸石ビルディングと名付けられている。
 このビルが完成したのは1931(昭和6)年のこと。設計を依頼したのは三菱合資会社時代に旧丸ビルなどの設計にもたずさわった山下寿郎氏。この建物は独立後の最初の作品となった。地上6階、地下1階建てを支える基礎の松の杭は、まさにその旧丸ビルと同じものだという。旧丸ビルでは1999年の建替え時に、建設当時と変わらぬ杭の状態の良さが話題となり、一部を現在の丸ビルに展示している。それほどの強度を誇る杭が、今なおこのビルの下に息づいているとは、なんとも感慨深い。
 近世ロマネスク様式の1階の外壁には播州産の黄龍石に赤龍石がアクセントになり、2階以上の階には当時流行したスクラッチタイルが用いられている。周辺の環境やテナントの変化に合わせて幾度かの改築を行ってきたそうだが、内外ともに竣工当時のお写真と見比べても、しっかり原型をとどめていることがわかる。
 ところでこちらはスクラップビルドの現代に、たまたま残っていたという訳ではない。戦火を免れ、バブル時代には一気に周辺の建物が味気ないビルに建て替わったときも、意志を持って守り受け継いできたものだ。石川さんは「壊してしまったら終わってしまう。近代化した時代のなかにおいて歴史を尊重し、本物を使いつづけ、残していきたい。」という。その言葉通りに耐震補強や空調などのメンテナンスにも、細部にまで気を使い、オリジナルを大切にした方法が見受けられる。所有者と入居者の愛情と熱意が詰まった建物は、道ゆく人々の目を楽しませ、そして街に深みを与えている。

●丸石ビルディング
千代田区鍛冶町1-10-4
国の登録有形文化財
内部見学不可
なかだえり
岩手県一関市生まれ。日本大学生産工学部建築学科卒業。法政大学大学院建築科修士課程修了。陣内研究室。現在、東京・千住に在住。フリーランスで本のさし絵、建築設計、執筆など多分野で活動中。著書に「東京さんぽるぽ」(集英社/2010年)、「奇跡の一本松―大津波をのりこえて」(汐文社/2011年)、「駅弁女子―日本全国旅して食べて」(淡交社/2013年)、「大人女子よくばり週末旅手帖」(エクスナレッジ/2015年)などがある。
HP:http://www.nakadaeri.com
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