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神田資料室

KANDAルネッサンス 92号 (2010.11.25) P.3〜5 印刷用

神田の働く自転車達に会いに行こう!

 お二人に案内してもらって、早速神田の働く自転車探訪へ。そこには味わい深い自転車と、まちの人との出会いが待っていた。 


味のある看板が目印 神田紺屋 K.K.コスモ・クロージング

福田宗仁さん(右)と、息子の宗一郎さん。
自転車のフレームに付いた看板の書体が
レトロな味を出している。
「今じゃ珍しいよね。でも昔は常識だったんだよ、こういう自転車」と話すのは、輸入服の服地卸業、縫製加工業を行う「コスモ・クロージング」の福田宗仁さん。福田さんが須田町の生地問屋に勤めていた56年前、自転車は営業に、自転車で引くリヤカーは配達に欠かせない存在だったという。
「よくリヤカーで配達をしたけど、大変だったのは(かつて竜閑川に架かっていた)大和橋。太鼓橋でなかなか登りきれないから、リヤカーを押してくれる押し屋さんがいた。一度生地を三反積んで行ったら、後ろからひっくり返ってしまった」
 当時福田さんは、繊維問屋街を自転車でよく走ったそう。
「浅草橋、馬喰町、横山町、堀留町。これがどちらかといえば綿関係の問屋。それから大伝馬町が呉服屋、須田町が生地屋、岩本町は既製服屋だね。近いから自転車で全部済んじゃった。だから営業職は車の免許がいらなくて、僕が免許取ったのは55歳になってから」
 福田さんの勤め先だった問屋には自転車が4台。ちょっと大きな問屋だと15台ぐらいはあったという。
「この辺りで一番自転車を持っていたのは伊藤忠。何十台もの自転車がビルの前にずらーっと並んでいた。『伊藤忠商事』っていう看板を付けてね。看板の効用ってけっこう大きくて、例えば店の前に伊藤忠の自転車が停まっていると、『あの店には伊藤忠が出入りしている』とわかる。または営業が三越の前に看板の付いた自転車で乗りつけると、『あの店は三越と取引があるんだ』と、それだけで信用になる。だから僕は創業した時にまず自転車を買って看板を付けた。看板があると自転車を盗まれることもないし(笑)」
 現在お店にあるのは、福田さんがコスモ・クロージングを創業した年に購入した、ブリヂストンの「ジュピター」。様々な実用車を載り比べて選んだこだわりの一台だ。前かご、サドル、タイヤは何回か交換しているが、26年経った今も現役。「45kmぐらいは普通」という福田さん、日帰りで八王子まで行ってきたこともあるという。息子の宗一郎さんも、「車より速いし一方通行も関係ない。タイヤが大きいから少ない力でよく進むのもいいですね。根津・本郷辺りまで乗っていきます」と重宝している様子だ。
 福田さんが初めて自転車に出会ったのは昭和22年、小学生の頃。その年八王子で競輪があり、優勝選手には米俵一俵が贈られた。米俵を換金するためのセリが始まると、そこにいた福田さんの父仁太さんは、何と米をセリ落とそうとはせずに、選手が乗っていた自転車を譲り受けてきたのだという。
「親父には私を競輪の選手にするという魂胆があったんです。中学・高校と、とにかくよく乗っていたけど、結局競輪の学校には行かなかった。後から自分のタイムがオリンピックの選手よりも速かったと知って、『もったいなかったな』と思ったけど(笑)」
 創業以来、その歴史をずっと見守ってきたジュピター。店の前に停まっている姿は堂々としていて、まさに店の看板となっている。

4台の自転車がフル稼働 内神田 立場商店

 神田駅西口すぐそばにある青果店「立場商店」の創業は50年前。代表取締役の立場一行さんは、炭屋・八百屋に奉公してから青果の行商を始め、その後この場所に店を構えた。ここでは今、4台の自転車が活躍している。
「配達先で一番遠いのが銀座です。この周辺を移動するなら、自転車のほうが速いんですよね」と立場さん。普段自転車を使うのは5人で、各々が使う自転車はだいたい決まっているという。
①撮影のお願いに、「自転車が喜ぶよ」
と立場さん
②配達に出発する柳田さん
③一日の仕事を終えた4台
■立場商店(内神田3-6-13、tel.03-3256-8008)
 昔は毎年一台ずつ新車を買っていたという同店。しかし現在このような古いタイプの実用車は売っておらず、この4台を修理しながら使っている。
「自宅には古くなった2台の自転車を捨てずにとってあって、何か修理が必要なときにはその部品を使うようにしています」と立場さん。確かに、ブリヂストンのボディにシンバシの泥除けが付いていたりと、様々なメーカーのパーツが集まっている。4台のうちの1台は近くの氷店が使わなくなったのを譲り受けたもの。どれも大切に使い続けているのがわかる。
 訪れた午後2時ごろは、飲食店の夜の営業に合わせた配達の時間で、4台の自転車はフル稼働。お話を聞いている間も、ダンボールに入った野菜を積んで次々に出発する。
「基本的に荷物は結わきません。一度に運ぶ量は荷台にダンボール3箱、前カゴに1箱ぐらいで、前後に置くことでバランスをとる。ある程度重さがあれば安定するし、自転車の癖もわかっているから」と話すのは、社員の柳田三亀夫さん。さすが配達のベテランだけあって、鍛冶町のとんかつ屋に運ぶ荷物を手際よく積んだら、颯爽と出発していった。
 店の歴史のなかで、欠かすことのできない自転車の存在。新しいものとの入れ替えはあれど、今もその生き生きとした働きぶりは変わらない。

歴史的一枚にも、自転車の姿があった 外神田 萬世書房

 電子機器や電子部品の専門店が集まり、秋葉原の中心的な存在として賑わう「ラジオセンター」。ここでも、実用車が元気に働いている。
持ち主は、オーディオ用雑誌や書籍、理工学書などを専門に扱う「萬世書房」の代表、霜鳥和子さん。訪れた時、霜鳥さんはちょうど外出中。店の正面に貼られた「2時半に戻ります」の手書きメモに親しみやすさを覚える。
霜鳥さんが戻り、店が開くと、とたんに数名のお客さんが。専門的な書店だけに常連客が多そうだ。
「お店を始めたのは昭和26年、父の代から。父が倒れて、私が店に入るようになったのは40年ぐらい前です」
 先代の頃からずっと、仕事に実用車は欠かせない。主に仕入れのときに使っているという。
「一日一回、神保町の三省堂の裏にある問屋さんまで行くの。雑誌のように量が多いものは運んでもらうけど、数冊のものはこれで運ぶ。運動にもなるし」
 今使っている自転車は2、3台目で、もう15年ほどのお付き合い。
①霜鳥さん。愛車と一緒に
②ラジオセンター創業時の写真。中央右側に
写っている赤い箱を積んだ自転車が、
先代の使っていたもの
■萬世書房(外神田1-14-2、tel.03-3255-0605)
「ラジオセンターの中に本郷の自転車屋の息子さんがいるのよ。いつも修理はそこでするの」という言葉に、近隣のお付き合いを大切にする、町に根ざしたご商売の姿が見える。
 ラジオセンターの階段には、戦後占領軍として日本にやってきたアメリカ人が撮影した、有名な写真が。ラジオセンター階段の踊り場には、戦後占領軍として日本にやってきた、アメリカ人が撮影した有名な写真が。ラジオセンターの入り口を写したものだが、よく見ると、荷台に箱を積んだ実用車がさりげなく停まっている。
「この自転車父が使ってたのよ。箱が乗ってるでしょ、これでわかる」と霜鳥さん。
写真に写った自転車の姿から、先代の過ごした日常の空気が伝わってくるかのようだ。
月日が流れ、霜鳥さんは先代と同じように荷台に木箱を乗せ、今日も変わらずご商売を続けている。

自転車から見る四季の風景 神田神保町 クッチーナイタリアーナ ANGOLO

 本格的なイタリアンを家庭的な雰囲気の中で味わえる「クッチーナ イタリアーナ アンゴロ」。ご家族で営むこのお店では、ご主人の沖坂光頼さんが自転車を愛用している。
①「自転車は経済的なのがいい」と沖坂さん
②厨房横の定位置で、出番を待つ自転車
■Cucina Italiana ANGOLO
(神田神保町1-42、tel.03-3295-9189)
「かなり重いものを積みますよ。現在は7、80kgほどですが、若いときは100kg前後は積みました」と話す沖坂さんは、週二回、築地へ仕入れに行くのに自転車を使っている。行きは20分、帰りは荷物で重くなるので25分。仕入れにかかる時間は全部で2時間ほどだという。
 自転車の荷台には、2枚の木の板が渡してある。これによって荷台の幅が広がり、玉葱のダンボールを二つ並べて置けるようにする。自転車を使いやすくするための工夫は仕事の内容によって様々で、その違いを見つけるのも面白い。
「自転車に乗っていると、四季折々の風景が見られます。皇居周辺の春の桜、初夏の新緑、秋の銀杏の黄葉や金木犀の香り……。朝5時半頃出発するので道も空いていますし」と沖坂さん。程よいスピードで直接空気に触れられる、自転車の醍醐味ではないだろうか。
 先代の頃から、ご商売はずっとこの場所。元々酒屋として創業し、戦後、焼き芋屋を経て、ラーメンや定食を出す店になった。3年間他店で修行を積んだ後、沖坂さんが実家に戻ったのが21歳のとき。先代の後を継いでからは洋食屋を営んでいた。3年前、息子の一光さんの代でイタリアンの店に。それ以降、野菜の仕入れは沖坂さんが担当し、鮮度が命の魚介類は、一光さんがバイクで築地まで行って仕入れている。
実用車に乗り始めて、もう40年以上という沖坂さん。
「『今日は自転車こぐのがしんどいな』という気持ちになったら辞めようと思っていますが、まだそういう気持ちになったことはない。あと10年ぐらいは付き合いますよ!」と笑顔で語ってくれた。

街であったらここを見よう! 働く自転車ギャラリー

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Photo by働く自転車研究会



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