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KANDAルネッサンス 90号 (2009.12.25) P.2 印刷用

特集 ワクワクするようなアートの街!CETエリアを歩く

インタビュー:鳥山和茂さん


「最近、東神田や馬喰町周辺で面白いことが起こっているらしい」
 ある時そんな話を耳にした。
「セントラルイースト東京(以下CET)」というイベントをきっかけに、いまこのエリアには現代アートのギャラリーやデザイナーのアトリエ、こだわりのある雑貨屋やカフェなどが次々とでき、様々なジャンルで「新しいものを生み出す人たち」が集まってきているのだという。
東神田や馬喰町といえば、江戸時代は古着屋・家具屋・旅館などあらゆる商売が集まり、戦後は繊維を中心とした問屋街として発展してきたところ。ここ30年ほどは周辺の大規模開発に押され、空きビルや空室の目立つ地域となっていた。
そのエリアで、いったい今何が起こっているのか———CETの仕掛け人の一人、日東リビング社長の鳥山和茂さんに聞いた。

街の潜在的可能性を見出したイベント

 CETがスタートしたのは2003年。東神田で生まれ育った鳥山さんは、「街を再生したい」という強い気持ちを持ちながらも、その方策も手がかりもつかめずにいた。そんなとき、まちづくりプロデュースを手掛ける清水義次さん((株)アフタヌーンソサエティ代表取締役)と出会い、まちづくりへの思いを熱く伝えたところ、
「もし本気なら、この街が本当に再生する可能性があるかどうか、実験する方法がありますよ」という答えが。
 半分あきらめかけていた鳥山さんは、その実験に賭けることを決めたのである。
その方法というのは、青山を中心としたエリアで既に行われていた、街じゅうをデザインでいっぱいにするイベント「東京デザイナーズブロック」の“東版”。デザイン会社アジール社長の佐藤直樹さんにも相談し、“東京の中心(お城)の東側”という意味で、このイベントの名称を「セントラルイースト東京」に決定した。
 青山では店舗等を借りて行われていたが、CETではこのエリアの特徴である古い空ビルや空家、倉庫を活用し、そこで若手アーティストたちに作品を発表してもらうことに。10日間にわたり、約50箇所の空間を使って各アーティストが自由に表現した。
 結果、期間中に訪れた人の数は約3万人。路上を封鎖して行ったパーティーには、700人もの人が参加した。
「何でこんなに集まったのか、未だにわからない。でも何かしら若い人たちを爆発させる潜在的魅力が、ここにあったんでしょうね」と鳥山さんは振り返る。
 その後毎年開催される度に来場者数も増加。そしてここ2年ほどで、目に見えて街が変わり出した。渋谷や六本木に拠点を構えていたアーティストやギャラリーが、この場所に移動してくるようになったのだ。CETエリアの本拠地ともいえる東神田のアガタ竹澤ビルは、現在満室。7年前は空きビル同然だったというのが信じられない。最近では建築・ファッション・デザインなどあらゆる雑誌で紹介されることも増え、わざわざ地方からこの地を目指して訪れる人もいるという。
「僕を含めここに長くいる人たちは、逆にこの場所の可能性が見えなかったり、魅力を固定化しちゃってる場合がある。リスクもあるけれど、外部からのチャレンジャーを受け入れる姿勢を常に持っていたい」と鳥山さん。
 スタートしてから7年の間に地元の人たちもこのイベントに理解を示し、一緒に楽しんでくれる人も増えてきた。毎回路上パーティーのバーベキューは東神田の町会青年部や婦人部が担当するそうで、「うちの町会の青年部はバーベキューが上手いんだから」と、鳥山さんも嬉しそうだ。
「大人が腹をくくって社会的な面で守ってあげれば、若い人たちはまだまだ力を出せるし、その意欲がある。パワーがある分予測できない動きも多いから、初回はハラハラして寝られなかったけどね(笑)」
「何が起こるかわからない!」そんなワクワク感で満ち溢れたこのイベントが、そしてこの街が、今後どう発展していくのかますます楽しみだ。


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