KANDAアーカイブ

神田学会
お知らせ 神田資料室 神田マップ 神田写真館 百年企業のれん三代記 神田の花咲かじいさん 出版物紹介 神田学会とは 神田学会資料請求 関連リンク Perspectives in English 神田アーカイブとは リンクについて 問い合わせ

神田資料室

KANDAルネッサンス 87号 (2008.09.25) P.4 印刷用
特集 神田・坂道散歩

神田の坂は魅力的
−「神田百景」作者、下田祐治さんに聞く


「神田の街を描き続ける会」の設立メンバーであり、事務局長も務める下田祐治さん。趣味の水彩・油彩画で少しずつ描きためてきた神田の風景は、絵葉書「神田百景」にまとめられ、現在第15集(105景)まで発行されている。そんな下田さんに、今までに描いた坂や、坂の魅力についてお話を聞いた。

「お茶の水の女坂」1985年
 以前は山などの自然を描くことが多かった下田さんが、神田の風景を描き始めたのは20数年前、ちょうどバブル景気が始まった頃のこと。思い出のある建物が壊されていくのを見て、「せめて絵で残しておきたい」と思ったのがきっかけ。
「神田百景」のなかにはいくつかの坂が描かれているが、なかでもお茶の水の女坂と錦華坂は、下田さんにとって思い出深い場所だという。
神田を描くことを決めた下田さんは、まず千代田区にある絵画サークルに呼びかけ、仲間を集めた。そして集まったメンバーで最初に描いたのが、お茶の水の女坂。描くポイントを決める下見の際に歩きまわった結果、この場所が選ばれたのだという。
「坂を下から見上げると、その頃は途中に日本家屋が一軒建っていて、なんともいえない良い雰囲気だった」と当時の印象を振り返る。
 下田さんが初めて神保町を訪れたのは、地元群馬から成増にある印刷会社に就職した1960年。子どもの頃から本が大好きだった下田さんにとって、神保町はまさに「本にうずもれる」という幸せな感覚が味わえる場所だった。1969年には会社が駿河台に移転。大好きな神保町に毎日行けるのだから、うれしくて仕方ない。その後、通勤で毎日通った思い出の場所が、錦華坂だ。
「あの頃は坂の周りにたくさんの緑があって、きれいだった。今みたいな高いビルもなかったから、坂から見える空も広かったね」
神田の坂の風景も、この30年ほどの間にだいぶ変わってきたという。
「だから描いておいてよかった。今はなくなってしまった建物もたくさんあるし」
 下田さんにとって坂の魅力は、起伏があり変化に富んでいて、思わず「絵にしたい」と思わせるところ。
今後描いてみたいのは、名前に興味をひかれる幽霊坂。それから、麹町区の行人坂のように、一度下ってからまた上る坂も、スキーのスロープのようで面白い。どちらから見るかによって、まるで違う景色になってくる。
「千代田区には魅力的な坂がまだたくさんあるから、これからも描いていきます。そして、大好きな神田に、これからもずっと関わっていくんだと思います」
しもだ・ゆうじ●1941年群馬県生まれ。デザイン事務所「あとりえ・えーす」代表。「神田百景」作者。2006年より、「神保町応援隊」の発起人としても活躍している。
「神田百景」に関するお問合せは、下田祐治(tel.090-1261-4579)まで。
ページの先頭へ

戻る

ホーム ホーム