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KANDAルネッサンス 84号 (2008.01.25) P.4 印刷用
特集 春を寿ぐ和の世界

◇大和屋履物店

「日常生活のなかで気軽に和小物を楽しんでもらいたい
新しい年にふさわしい、華やかな和小物。写真右上に並ぶのは、染色家である充子さんが染めた鼻緒
 創業以来、専大前の交差点で商売を営んできた大和屋履物店。現在は、三代目と四代目の一家4人で店を守っている。三代目の小倉やす子さんと、四代目の中塚佳子さんに話を聞いた。
 
 大和屋履物店は、下駄や草履を扱う店として明治17年(1884)に創業した。
 最近では着物を着る機会がめったにないという人がほとんどだが、ほんの40年ほど前までは、着物を着る人の数は今よりずっと多かった。年末年始ともなれば店は大変な賑わいで、佳子さんの子どもの頃の記憶にも、大晦日の夜に忙しく働く父母や祖父の姿が残っているという。
「その頃はまだ、1月1日に下駄を買い替える風習が残っていましたから。近所の商人が夜中12時ごろ店を閉めた後、店の子たちのために新しい下駄を買いに来るんです。それでも義父に言わせると『昔の忙しさはこんなものじゃなかった』そうですけどね」とやす子さんは話す。
 しかし、その後周りが少しずつオフィス街になり、それと同時に下駄や草履が売れなくなってきた。しばらくはサンダルや靴も一緒に扱う状態が続いたが、20年ほど前、ビルを建て替えたのを機に、下駄や草履はほとんど置かなくなった。
 そんな大和屋が再び大きく変化したのが5年前。下駄をメインに、和小物を扱う店としてリニューアルオープンしたのだ。
 店内の美しいディスプレイには、四代目の佳子さん、充子さん姉妹のセンスが生かされている。
 一角には下駄の鼻緒と台が別々に並ぶコーナーがあり、自分の好きな組み合わせを選んで、すげてもらうこともできる。
「昔は『すげ屋さん』といって専門の職人さんがいたけど、今はほとんど引退されてしまいましたね」とやす子さん。お客さんのなかには、他の店で買った下駄が足に合わず、すげ直してもらいに来る人もいるという。
 最近はエコの視点から風呂敷が見直されるなど、和小物に対する若い人たちの関心も高まってきている。大和屋の歴史は、まさにそういった時代の流れとともに変化してきたのだ。

ずっと受け継がれている、鼻緒をすげるための道具。
木槌と通称「ぶっつけ台」。使い込まれていくうちに、
すっかり角が取れて丸くなった
「明治30年代生れの義父からよく『昔この辺りは野っ原で、武家屋敷も点々と残っていた』という話を聞きました」とやす子さん。
 娘の佳子さんも、街が変化していく様子をずっと見てきた。「建て替える前の家は、トタン屋根の木造建築でした。車が通るとギシギシ揺れたのを覚えています。幼稚園の頃までは、店の前に都電の停留所がありました」
 昭和45年(1970)に都電が廃止された後の地下鉄工事や、バブルの頃、軒並みビルになっていった様子も印象に残っているという。近所の人たちも、その頃ずいぶん引っ越して行ってしまった。「私が子どもの頃の街並みの面影はもうないですね」
 だがずっと変わらないこともある。「うちは二代目のころから移動販売の魚屋さんで買い物をしています。毎日来てくれて、重いものを運んでくれたりおつかいに行ってくれたりと、家族同然のお付き合いなんですよ。それに、数少ないご近所とのお付き合いはきちんと残っています」と佳子さん。
 時々、昔神保町に住んでいたという人が「懐かしい」といって訪れるという。街並みは変わっても、人と人とのつながりは変わらないようだ。
 
 最後に、今まで馴染みのなかった人も気軽に和小物に親しむコツを、佳子さんに聞いた。「別に『和風』にこだわらなくても、例えばジーパンに下駄を合わせるような気軽さで、普段の生活に取り入れてもらえたらいいと思います。和柄には可愛いものがたくさんあるので、手ぬぐいや風呂敷をバンダナ代わりにしたり。洋服感覚でいろいろ試してみてください」
 そう考えると、下駄や風呂敷、手ぬぐいなどの使い方は無限に広がっていくような気がする。「そんな風に気軽に楽しめばいいんだ」と、和小物がぐっと身近に感じられた。

大和屋履物店
千代田区神田神保町3-2-1 サンライトビル1F
tel.03-3262-1357
営業時間 月〜金 10:00〜20:00、土 10:00〜18:00、日祝休
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