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神田資料室

KANDAルネッサンス 84号 (2008.01.25) P.2〜3 印刷用

特集 春を寿ぐ和の世界

アンティークの着物がブームになったり、和の小物を持つ人が増えたり、
暮らしのなかに和のテイストを取り入れ、楽しむ人が増えています。
今回のテーマは「和」。その魅力を伝え続けてきた人たちに焦点を当てました。


◇奥野かるた店

「古くから親しまれてきたかるたやゲームの魅力を伝えたい」
 白山通りに面したこの店の前を通るとき、つい立ち止まりショーウインドウを覗き込んでしまう。そこには様々な種類の美しいかるたやカード、将棋盤などがディスプレイされ、懐かしい気持ちを呼び起こす。
 奥野かるた店の歴史は大正10年(1921)までさかのぼる。もとは将棋盤や囲碁を扱う問屋だった。現在は古典的室内ゲームと呼ばれるかるたや百人一首、将棋、囲碁、麻雀からボードゲーム、チェス、人気のWiiまで、常時400〜500種類の商品を扱っている。

「かるたは絵札の絵が勝負。それとぱっと頭に入って
くるような言葉ですね」と奥野社長
「今はテレビゲームが一家に一台ある時代ですが、古典的なゲームのよさというのは、人と人が相手の表情を見、言葉を交わしながらできること、喜怒哀楽が楽しめるところです。感情が顔に出てしまってゲームにならない人もいますけど、そこが面白い。おしゃべりだってそう。いつの間にか話題が飛んだりずれたりして展開が変わっていきますよね。テレビゲームはあれはあれで面白いんですけど、意外な展開というものがない」
 そう話すのは奥野かるた店の四代目、奥野誠子(ともこ)さんである。
 奥野かるた店が新橋から神保町に移ってきたのは昭和27年(1952)。店は現在の場所ではなく、神保町1丁目39番地、いわゆる“神田村”の中にあった。当時、神保町界隈には出版社と書店をつなぐ中小の取次が集まっており、神田村と呼ばれていた。
「神保町へ移ったのは得意先に本屋さんが多かったからと聞いています。花札、トランプ、百人一首、いろはかるたは本とともに売られることが多かったため、本屋さんが取次に寄ったついでにうちで商品を仕入れていったのです」

 奥野さんとかつて店があった場所を訪ねてみた。すずらん通りの裏手に位置するその場所は、現在は飲み屋になっていた。もとは木造3階建てで地下に倉庫があり、1階が店舗、2階が事務所だったという。辺りを歩いているうちに昔の記憶が蘇えってきた奥野さん。「取次の明文図書、博文社は子どもの頃からずっと変わっていませんね。そうそう、ファミリーマートのある場所にはたしか銭湯がありました。中学、高校と夏休みはよく神保町に来ていたんですが、あの頃は都電が走っていましたし、そんなに大きなビルはなかったですね」
 昭和54年(1979)現在の場所に移転。この頃はテレビゲームやロールプレイングゲームを中心に扱っており、お客さんは若い男性客が多かった。伝統的なかるたの魅力を全面に出した店づくりに移行していくのは、店舗を新築した平成9年(1997)のことである。
 奥野かるた店で働く70代の男性に街の移り変わりについて聞いた。神保町の大きな変化は、古書店がメインストリート(靖国通り)だけでなく奥まったところにもできて、古書店街が線から面になってきたことだという。また店も人も増えて街が賑やかになったが、昔を知る者にとっては、盛り場的な雰囲気になってほしくないと語った。

 奥野かるた店の定番商品は「犬も歩けば棒にあたる」でおなじみの江戸いろはかるた。所変われば品(ことわざ)変わる、ということなのだろうか、姉妹品の京いろはかるたは「一寸先は闇」で始まる。実は48枚ある取札のなかに1枚だけ同じことわざが入っている。江戸と上方の文化を比べながら遊ぶのも一興だ。
 当店では20年ほど前からオリジナル商品を手がけており、その数は60種類におよぶ。一般にかるたは子どものものと思われており、年齢層の高い人をターゲットにしたかるたを作っている店はあまりないという。しかし、もともとかるたは年齢に関係なく誰もが楽しめる遊びだったはず。店先に並ぶかるたやカードはバリエーションに富み、美術品として楽しめるものまである。子どもだけの遊びにしておくのはもったいない。

「お料理いろはかるた」箱の題字は花森安治
 たとえば「お料理いろはかるた」。これは昭和24年(1949)に『暮しの手帖』に掲載された、家庭料理研究家・中江百合の料理のコツや心構えをかるたにしたもの。たまたま『暮しの手帖300号記念特別号』に再録された詞書(ことばがき)を目にした三代目(奥野伸夫さん)は、絵をつけてなんとかかるたにできないだろうかと考えた。その思いがかない、作者の息子である中江昭男氏に絵を描いてもらえることになったのだ。こうして「いの一番、料理は親切」「うまいうまいが何よりの栄養」など昭和の生活風景が伝わる懐かしいかるたが完成した。

「川上澄生とらむぷ繪」
 異国情緒あふれる美しいトランプは版画家・川上澄生によるもの。おおもとの「とらむぷ繪」が制作されたのは昭和14年(1939)。当時トランプには骨牌(かるた)税という税金がかかり、手続きが面倒だったこともあり、ついにトランプの形をとることがなかった。奥野かるた店による「とらむぷ繪」の復刻は、川上澄生の版画に興味をもった三代目が、川上澄生美術館の館長からこの作品の存在を聞き、ぜひトランプにしたいと思ったのがきっかけという。
 16世紀にポルトガル人によってもたらされた“かるた”は、スペイン語のcartaが語源。それはトランプに近いものだった。この南蛮渡来のかるたをまねて作ったものが「天正かるた」。日本で最初につくられたかるたである。その天正かるたをもとにして作られたのが「うんすんかるた」で、布袋や大黒など日本的な絵柄が特徴。川上澄生はうんすんかるたに触発されて、「とらむぷ繪」を制作したという。
 さて、遊び心いっぱいの絵札は見ているだけでも楽しい。クラブは日本的なもの、スペードは中国的、ダイヤは近東的、ハートは南蛮的なものが描かれており、数字にもそれぞれテーマがある。たとえば2は建物、3は鳥、4は虫、5は花、6は樹木、7は魚……というように。そしてなんとジョーカーは福助。

「かるたのすばらしいところは、コミュニケーションの仲立ちをしてくれるところ」と話す奥野さんに、四代目としての抱負を聞いた。
「20代の頃は不安もありましたが、私は商売が好きなのでなんとかやってこられました。ものを売るということはお金を戴くことでもあるんですが、まだお金がなかった時代は物々交換によってほしいものを手に入れていたわけです。ですからほしかったものが手に入ったというお客さまの気持ちと、その商品をお売りした、喜んでいただいたという気持ちを忘れずにいたいと思っています」
 お話を聞いているうちに、久しぶりにかるた遊びをしてみたくなった。今度帰省するときは、かるたをお土産にしてみよう。

■参考文献
並木誠士『江戸の遊戯』青幻舎<大江戸カルチャーブックス>、2007。
橋本野乃子「川上澄生のとらむぷ」(「とらむぷ繪のしおり」奥野かるた店、1998)。


奥野かるた店
千代田区神田神保町2-26
tel.03-3264-8031
営業時間11:00-18:00,日(第2第3以外)・祝12:00-17:00
第2・第3日休
http://www.okunokaruta.com/

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