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KANDAルネッサンス 85号 (2008.03.25) 印刷用
表紙◆「神田日和」のこぼれ話11

安原直樹さん (花慶)

いさかかつじ

 1996年12月25日、クリスマスの神戸へ行った時のこと。
 阪神・淡路大震災から約1年。報道されていた壊滅的な神戸とは違っていた。街は何ごともなかったような落ち着きを見せていた。でも以前の神戸とはどこか違う。三宮駅の近くを歩いている人たちはどことなくうつむき加減なのだ。やはり大きな出来事だったようだ。いろいろな人に体験したことを聞いて歩いた。

 長田にある高齢者ケアセンターで聞いたエピソードが心に残った。長田は被害がひどかった地区だが、建てる時に基礎工事をしっかりやってあったのでセンターの建物はほとんど被害がなかったそうだ。地震そのもので亡くなられたお年寄は一人もいなかったが、次第にお年寄にもケアする人たちにもストレスが溜ってきて、言葉が荒っぽくギスギスしてきた。「これはなんとかしなくてはいけない」とみんなでお話をする会を開き、部屋を花で飾り、支援物資のコーヒーをドリップしてその匂いでいっぱいにした。そうしたらみんなの顔がゆったりして言葉遣いもやさしくなったという。

 もう一つのエピソード。15万個の電球の光のアーチが700メートルも続いている「ルミナリエ」を見に行った。後に東京の丸の内でも「ミレナリオ」として体験できるようになったが、もともとはイタリアのある地方で祭りの時に飾りつけられているものを、震災の犠牲者への鎮魂と、被災して精神的に参っている神戸の人たちを勇気づけるために企画された。まばゆい光のシャワーは、みんなの喪失感という心の隙間に生きるエネルギーを注いでいるようだった。クリスマスのこの夜が最終日ということもあって、一方通行の道を多くの人が目をキラキラさせて歩いていた。

 壊滅的な状態にある時には「こんなことにお金を使うのは反対だ」という意見に押し切られがちだが、花やコーヒーの匂い、光のアーチなどは心の必需品で、人にはこういうものが必要なのだと気がつかされた。むさくるしい私の仕事場にたまに花があると部屋の空気が変わってくる。

安原直樹さん
 岩本町一町目にある「花慶」は安政6年(1859)創業の花屋。149年続いている老舗。昭和6年(1931)から宮内庁の御用を務めている。安原さんは皇室担当者として毎日のように皇居で花を生けている。高校生の時から父親の後について手伝いをしてきたので、皇居という場所にも慣れている。
 現在安原さんは、宮殿の花瓶や晩餐会の花を生けている。現場での作業が多く、また時間が決められているので、作業がスムースにいくように花の選択やどう生けるかなど、事前に大筋のイメージを決めておく。「季節感」と「和の雰囲気」を大事にしている。
 「花慶」が御用を務めるようになったのは、生花が得意で評判が高かったお祖父さんが御台盛(おだいもり/慶事の時に松の枝や葉を盆栽のように仕立て、その下の器に料理を盛り付け飾ること)の制作を頼まれたのがキッカケ。

 安原さんは町会で青年部長もしている。お祭り好きで、神輿を担ぐのが大好き。余所の町にまで担ぎに行く。個人の名刺には町会の神輿のカラー写真が刷ってある。「岩本町一丁目町会の神輿は十四代浅子周慶の作で、鳳凰の羽根が飛び立つように見えるのが特徴。一目でわかります」と話す安原さんの顔がやわらかくなった。神輿の前で拍子木を打っている祭りの時の写真を見せていただいたら、見事に神田の町の人の顔だった。

 皇室でも、病院でも、私の仕事場でも花は「心の必需品」。それだけに人の心を感じとれる能力が大切だ。それは町の生活実感から生まれてくる。神田の町に根付いている「花慶」は……、町の花屋だ。





花慶
東京都千代田区岩本町1-9-2
TEL.0120-66-8751
http://www.hanakei-tokyo.jp/index.htm
いさかかつじ・町と人を訪ねるイラストレーター
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