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KANDAルネッサンス 82号 (2007.07.25) P.4〜5 印刷用

第二部 対談 西村幸夫×陣内秀信

魅力的な都心を目指して——まちとどう関わっていくか


魅力的なまちとは

「まちなかを歩いてまちと関わることが大切」西村
「若い人が出店しやすい空間をあちこちにつくっていかないと」陣内
 

陣内:最近、恵比寿がいい感じなんですよ。立ち飲みバーが増えてあの一帯にスペイン・ワインバーが5軒あるんです。この間9軒もはしごしてしまいました(笑)。新宿の末広亭のあたりにも立ち飲みがあるんですが、路上にあふれていて、道に開いている感じがいいんです。かつてのおじさんたちが入る焼き鳥の立ち飲みも好きなんですが、若い人たちが行く立ち飲みバーもいい。
西村:スペインには「バル」(立ち飲み居酒屋)がありますが、いま函館では旧市街を「バル街」に見立てて、ピンチョー(おつまみ)を楽しみながらはしごするというイベントをやっていて、すごく函館のまちに動きが出ているんです。店ごとにピンチョーの種類が違っていて、しかもかんたんなつまみだから値段もそんなに高くない。すぐはしごができる。バル街のマップまであって、函館が第三次まちブームなんですよ。
陣内:イタリアの南のほうにトラーニという町があって、夏にワイン祭があり、今の函館の話のように町のポイント、ポイントでワインを飲ませてくれるんです。生ハムとかサラミとかチーズを食べて多少お金を払うんですが、マイグラスをもらって、いく先々でワインを飲むことができる。とてもおしゃれなんです。神田も駅前のおじさんたちの飲み屋から学生街までポイント、ポイントでマイグラスを持って、というのはどうですか(笑)。
西村:ヨーロッパの路地はセキュリティの関係だと思いますが、わりと閉じた感じがするんです。でも日本の路地はけっこう開いているので、生活感があって温かい感じがする。だから路地を陣内先生の話のように使うとすごくいいと思いますね。防災の専門家によると、狭い道はマイナス面もあるがプラスの面もあって、特に日本の場合はコミュニティが維持されているので、守りの場になるんだそうです。消防車は周囲の広い道で対応すればよく、道を全部広くする必要はないと。特に神田は震災復興によって広い道がつくられたので、むしろ狭い道はプラスの面を生かすことが大事だと思います。
陣内:95年以後、東京で元気のあるまちは少なくなったんですが、唯一元気なのは吉祥寺のハモニカ横丁ですね。あそこは駅前の路地が5つ、6つ平行に並んでいるので「ハモニカ横丁」というんですが、それぞれが違う商店街になっていて、町会も別。あるところは伝統的な和風の飲み屋だったり、またあるところはスペインワインを飲ませる店だったりして、どこも非常に魅力的でそれぞれがパイを守りながら営業していて、多様性がある。雰囲気はあるし、おいしいし、しかも高くない。それと小さな単位だと若い人が出店しやすいんですよ。そういう空間を東京のあちこちにつくっていかないと。
ハーモニカ横丁(吉祥寺)の賑わい
西村:陣内先生の講演のなかに80年代はまちに活気があり面白かったという話が出てきましたが、なくなってしまって残念なものといえば、代々木公園の歩行者天国ですね。日曜日ごとに竹の子族や若いミュージシャンがたくさん集まって踊ったり演奏したり。あれを見たときはものすごいエネルギーを感じて、東京にこんなに魅力的なところがあるのかと思ったくらい。ところが近くの住民のうるさいの一声で、歩行者天国はとりやめになってしまった。しかしあの空間は、東京全体の、もしくは日本全体のクリエイティビティのコアの部分でもあったわけです。あれをうるさいと感じない人がまわりに住むべきで(笑)、うるさいと言う人の意見を聞いてやめてしまうのではなく、ちゃんと説得しないと。あれがなくなったのは本当に残念です。
陣内:世界中どこのまちも、特に欧米は、最近では中国も歩行者空間を増やしていますが、やはり都心の魅力を盛り上げている最大の立役者は歩行者空間化なんです。時代は完全にそっちの方向に向かっているのに、日本は後退している。だからせっかくできた広場がつぶされるという経験ばかり。新宿西口広場とか。
西村幸夫氏(左)と陣内秀信氏
 でもようやく日本にも広場が定着してきたかなと思うのは、恵比寿ガーデンプレイス。ホテルやオフィス、店舗、美術館に加え住宅もあって複合的なんです。土曜日の午後など自然に人が集まってくる。お年寄りもいるし、ベビーカーの若い母親もいる。開発で話題になる所がどんどんできているから話題性もないんですが、逆に熟してきていいんですよ。
西村:ただ残念なのは、恵比寿駅からガーデンプレイスまでは動く歩道があるので、結局あそこへ行く人は全然まちと関わらないんです。開発された当初は動く歩道が必要だったんでしょうが、だんだん熟してきて魅力的になってきたのだから、選択肢を増やしてまちなかを歩いて行けるようにしたらいいと思いますね。


交通博物館跡地の今後

——神田のランドマークであった交通博物館が閉館して、その跡地利用について関心が高まっていますが、どんなものになっていったらいいと思われますか。
陣内:交通博物館は万世橋駅*の跡地に建てられていますが、一度あの場所をすみずみまで丁寧に見せてもらったことがあるんです。もともと明治時代につくられた煉瓦づくりの高架ですが、プラットフォームやそこへ至る階段、そして川側の煉瓦の構造物は全部残っていて、感動しました。あれは重要文化財級ですよ。関東大震災のあと仮設の駅舎が建てられ、そのあとすぐモダニズムで現在のものに建て替わった。交通博物館の方に聞きましたが、基礎に使った松杭をそのまま使用して上だけを建て替えたそうなんです。ベネチアの建物と同じように、新しいものを建ててもプランは踏襲している。つまり平面計画はそれほど変わっていないんですね。ものすごく面白いコンプレックスだと思います。
 日本では、一度つくった建物を上手に生かして新しい時代の魅力的なものとして使い続けるという精神がなかなか育まれなかった。古い建築物がお荷物のように扱われてしまうのは残念なことです。現在の建築技術からすれば、神田川のほうから建物の中へ入るような仕掛けだってできますし、いろいろな利用の仕方があるはずです。ですからもっと俎上に載せてみんなが関心をもつこと、専門家を含めて可能性を提示・提案することが必要ではないでしょうか。
都市の歴史が凝縮した交通博物館跡地周辺
西村:つけ加えますと、万世橋駅の駅前広場の前の道は市電が何本も通っていて、東京のなかでも非常に混雑したある意味目抜き通りだったんです。にもかかわらず、関東大震災の復興では道幅をわざと狭くしているんです。なぜかといいますと、靖国通りをつくったときあの通りをメインにしたので、こちらはそんなに広くする必要がなかったんですね。しかも市区改正でつくった道を震災復興でやり直しており、何重にも計画が重ねられている。あのあたりは万世橋駅の変遷も含めて、都市の歴史が凝縮した場所。そういったことを考えると論議がいろいろ出てくると思うので、建物だけではなくてその周辺も入れた計画をつくっていくと面白いんじゃないでしょうか。

多様性のあるまち

西村:本日は明治大学の小林正美先生もいらっしゃいますので、お話をうかがってみましょう。
小林:先日ジャパン・タイムズの記者から「東京ミッドタウンができたことで今後六本木のあたりはどうなりますか」と取材を受けたんですね。それで、東京ミッドタウンができて国立新美術館、六本木ヒルズと3つの施設が点で結ばれ面的に広がった。ディベロッパーはシナジー効果で新しい回遊性が生まれるとさかんに言っているが、それも一時的なものでだんだん飽きられてくるのではないか。基本的にテナントは似たような高い店ばかりで奥行きがないし、陣内先生がおっしゃるように、ひだのような多様性がなさすぎると話したんです。つまり安いテナント料で個人経営の店ががんばっているまちは、やはり歩くだけでも日々変化がある。みな趣向を凝らしていて、それがまちを面白くしているわけで、高いテナント料で決められた店は何回か行けば飽きてしまう。実際六本木ヒルズもだいぶ店が入れ替わったと聞いています。だから僕ら専門家ももっと声を大にして言わないといけないと思いますが、メディアも新しい回遊性ができてこれが本当に新しいまちだなんて、ちょっと誇張しすぎていると思いますね。
 それと西村先生がおっしゃるように、まちを計画するうえで大事なことは、広い道路と狭い道をどのように残していくかということではないでしょうか。今回「まちの図書館」プロジェクト*を進めるうえで思ったのは、神田(神保町)は広いエリアで地区計画をかけるのではなく、街区単位でいいからみんながプランに賛成してくれればある程度任せてもらえるといったような“神田ルール”があってもいいんじゃないかということです。それくらい自発性、自立性を許してもらえば、まちはかなり面白くなる。このプロジェクトでは靖国通りをすべて公園にしてしまうという大胆な提案をした学生がいて(笑)、最終的に日曜日だけ歩行者天国にするというだいぶ縮小された案に落ち着いたんですが、まちの使い方を考えるときに、いわゆる公共空間を何もないつまらない空間とみるのではなく、いかに面白く使い倒すかと考えることも重要ではないかと思ったんです。それにはアイデアを出し合ってみんなでブレーンストーミングすることが大切で、そういうふうに考えると、今回のプロジェクトも生きてくるのかなと。
陣内:最後に、建築学科の3年生を対象に都市建築史演習をやっているんですが、まちに出て古い建物を実測して模型をつくったり、その建物が歴史的にどんな使い方をされていたのかを調べたりしています。たとえば日本橋川沿いのもともと河岸として使われた帯状のところは古い構造がそのまま残っていて、1本内側に入ると震災復興の街路がバーンと通っている。また、かつて柳原土手があった神田川沿い(現在の和泉橋のたもと)には狭い道が通っていて、現在でも古くて小さな建物がたくさん残っている。これらは千代田区にとっても中央区にとっても財産だと思います。ですからこれらの資源をどうするか、もっと考えていくべきではないでしょうか。
 それと、水際に建つ建物というのは奥行きがなくて小規模なものが多い。ですから大きな開発が行われにくい場所でもあるわけです。オープンカフェをつくるとか水際からのアクセスを考えるとか利用価値は高い。今後は水際、水辺を強調すると同時に、それに面している建物や敷地、道、街区などを取り込んだ計画が必要だと思いますね。

◇注釈
万世橋駅…明治45年(1912)中央線のターミナル駅として開業。交通の要衝として栄えたが、大正8年東京駅が開業するとその役割を終え、昭和18年(1943)廃駅に。その跡地には交通博物館(2006年閉館)が建てられた。
「まちの図書館」プロジェクト…2006〜2007年にかけて「インターユニバーシティ神田」(明治大学・日本大学・東京電機大学・法政大学・共立女子大学)とNPO法人神田学会が取り組んだ全国都市再生モデル調査のこと。神田神保町の古書街を大きな「まちの図書館」と見立て、情報や豊かな都市環境をネットワークした新しいまちづくりの方法を探ろうというもの。
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