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KANDAルネッサンス 81号 (2007.04.25) P.7 印刷用
当世古本屋事情 その5

屋号今昔

中野智之 「古臭い」店名の中野書店

 靖国通りを神保町一丁目から二丁目に歩くと、「○○書房」「○○書店」「○○堂」がずらりと軒を連ねています。名前だけで本屋の街だとわかる。ちなみに脇村義太郎さんの『東西書誌街考』に載っている大正十年から戦後にかけての神田古書店地図をながめても、店の入れ替わりはあるものの、ある時期までほとんど変わらない傾向のようです。感覚からいうと「堂」や「屋」は若干古く、「書店」「書房」はやや新しいのかなという程度で、カタカナやひらがな表記も稀にしか見当たりません。いまでも神保町の表通りは昔からの店が多いので、そう変わった感じは受けませんよね。
 ところが昨今の神田の古書店地図帖をながめてみると、キントト、ちいろば、トキヤ、ロックオンキング、萬葉軒(まんばけん)、かんたんむ、すからべ、ひぐらし、ファンタジー、奥乃蔵、玉晴(「きゅうせい」本当は「玉」の点がひとつ上の段にあるそうです)、@ワンダー、街の風、うたたね、喇嘛舎(らましゃ)……おお、すごい。名前だけ並べたらなんのことやら。皆ここ十年内に開店されたお店が大半で、新しい人ほど個性的な店名をつける傾向にあるようです。
 さて、昔から仲間内では本名より店名の方が通りがいいんです。古書会館の市場で落札品を発声する際にも、「○○全集、サンチャさーん、○○えーん」(三茶書房)、「○○叢書の口、イッセイさーん、○○えーん」(一誠堂)という具合。ですから今どきはキントトさーん、チイロバさーん、マンバケンさーん(笑)。もっとも慣れは怖いもので、今ではなんともない。これは神田の業者ではありませんが、本郷になないろ文庫というお店があり、なないろさんとかナナちゃんと呼ばれている。愛らしい呼称ですが、本人は“ナナちゃん”より戸沢白雲斎とでも呼んだほうが相応しい中年男(なないろさん、ゴメンなさい!)。また吉祥寺に若い人が「百年」というお店を開き、明治文献を中心に扱っているのかなと覗いてみると、せいぜい「ここ四、五年」(百年さん、ゴメンなさい!)。名は体を表すそうだから、どれほど奇抜な本を扱っているかと思うと、存外オーソドックスな品揃えだったりもする。
古書会館での市の様子(明治古典会)
 しかし新規にこの業界へ入ってくる人は、商売になにかしらテーマを持っていることが多い。昨今はたんに古本を売買する目的だけではなく、書物を仲立ちにして人と触れあう機会を持とう、提供しようとしているふうにも見受けられます。西荻窪にあるハートランドは店内に喫茶を兼業し、詩の朗読会を主催していますし、渋谷のフライングブックスでは店でしばしばコンサートを開催。レコードのプロデュースもしています。先日立ち寄った、絵本作家・渡辺鉄太氏(『エルマーの冒険』の訳者わたなべしげお氏のご子息)と絵本編集者の「幸福な関係」というトークは、高円寺にある古本酒場コクテイルで行われました。ここは名前通り壁面の棚で古い本を売りながら酒場もしているお店。ほかにもいろいろなイベントを企画して、けっこう居心地よいのに驚きました。どの店もさほど広い場所ではないので、せいぜい数人、数十人程度のイベントですが、それがまた良い。これら、いずれも「新しい」名前の古本屋さん。
 面白いのは、彼らが今流行りのインターネット指向と逆行しているようにも思えることです。しかし同時に彼らはネットを否定もしてはいない。むしろ並行して利用している場合が多い。ネットやフリーペーパーを使って、より多くの人にイベントを告知はするけれど、来るのは数人でかまわない。むしろ何百人も来られたら困ってしまう。
 そうか、なるほど古本だって一つの本に何十人何百人から注文があったりしたら困ってしまいます。つきつめればオンリー・ワンを対象にしようってわけですから、さほど矛盾はないんですね。


中野智之
1954年生まれ。中野書店二代目。
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