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神田資料室

KANDAルネッサンス 79号 (2006.10.25) P.2〜5 印刷用

特集 神田の発酵食品


鼎談

江戸時代から造り続けています


神田には江戸時代から変わらぬ製法で造られている発酵食品がある。甘酒、納豆、味噌、そして白酒。
発酵食品を造り続けてきた3人が語る。


綾部良司(三河屋綾部商店・代表)
天野博光(天野屋・代表取締役)
吉村隆之(豊島屋本店・代表取締役社長)


発酵食品は健康のもと
最初に豊島屋が載っている「江戸名所図会」を見る。

吉村 「江戸名所図会」は全二十巻あるんですが、豊島屋が出ているのが第一巻で……。
——「鎌倉町豊島屋酒店白酒を商ふ図」とありますね。
綾部 今の区立総合体育館あたり、昔の鎌倉河岸ですね。
吉村 神田橋からちょっと下ったあのあたりが鎌倉河岸で、そこから入ったところが鎌倉町。これが雛祭りのときの様子ですね。
——人々が白酒を求めてにぎわっている様子がわかりますね。
吉村 なんでも矢来を立てて入口と出口をつくり、お金も先払いにして引換券を渡して商売していたそうです。白酒は400年前から造っていますが、江戸ではあまりいい酒ができなかった。だから「下り酒」といって上方で造った酒を船で江戸まで運んで、鎌倉河岸で酒屋と飲み屋を営んでいた。そのうち自分で造ったほうが儲かるということで、酒を造り始めたんだと思います。
——天野屋さんは江戸後期の創業ですね。
天野 1846年です。その頃から室はあったそうです。
綾部 うちは明神様が元和2年(1616)に現在の場所に移ったとき、三河屋として創業したそうです。このあたりは麹屋さんが17、8軒あったんですが、昭和の終わりごろまでにみんな店をやめていますね。土室は戦争のとき防空壕代わりに使ったらしいですよ。だいたい地下7メートルぐらい掘ってありますから、爆弾が落ちてきても大丈夫だったみたいです。うちの室はちょうど(神田明神の)参道の下にあったんです。鳥居に向かっているものが1本と、境内に入っているものが1本、そして男坂の階段に向かっているものが1本です。ですから昔はトロッコがひいてありました。
「機械でも造れますが、やはり人間の経験と勘が一番」
綾部良司
天野 父の話を聞くと、三河屋さんの室とうちの室が近接していたそうですね。
綾部 ちょうど1本枝分かれしている室があって、たぶんそこだと思いますね。室はだいたい7度ぐらいですから、真夏でも息が白く見えるんですよ。だから真夏に甘酒を造ろうとすると、練炭を入れて暖めないと、発酵に4日も5日もかかってしまう。そうするとガスがたまっちゃうんですよ。不便でたまらないから、店を新しくする際、陸室(おかむろ)にしちゃったんです。
天野 うちが今使っている糀室は、明治37年に作られたものです。れんが室なんですけど、れんがの部分に酵母が住みついているから、その部分は絶対洗わない。洗っちゃうと糀の出来がわるくなっちゃうんですよ。時代を経て白っぽくなっていますけど。
綾部 千代田区の麹町の由来って、麦の麹を造っている家が多かったから麦偏の麹なんですよ。それで地下鉄工事で地下を掘っていたとき、ちょうど麹町のあたりで横穴が出てきたんだそうです。もし横穴住居だったら工事が差し止めになってしまう。麹を造っていた穴か、人が住んでいた穴か、知る方法はないかって言われたんで、泥を培養してみなさいと言ったんですよ。そうしたら麹菌が出たんで、工事は差し止めにならなかった。死なないんですね、麹菌は。もっとも空気中にいっぱいいますから。もともと自然界にいたものだから、偶然から麹を造るようになったんじゃないかと思いますね。
——皆さんがお造りになっている発酵食品は、江戸時代からほとんど製法が変わっていないと聞きましたが。
綾部 うちは変えていませんね。
天野 変えようがないんです。
吉村 白酒に関してはまったく同じですね。最後のすりつぶす工程もいまだに石臼でやっている。だから非常にきめが細かいんです。昔は手で石臼を回していたものが電動になったくらいで、造り方はまるっきり同じ。一度、石臼でなく攪拌機のようなものでやってみたことがあるんですが、ざらついてちょっと時間が経つとすぐ沈降する。粒子がだいぶ違うんでしょうね。ですから効率は悪いんですけど、昔の味を出そうということで、まだ石臼でやっています。これは去年の暮れに造った白酒です。ちょっと色が濃くなっているんですが、味はぜんぜん変わらないです。
綾部 甘酒だって沸かして置いておくと色がついてきますから。
——色がついてくるというのは、添加物が入っていないということでもありますよね。
綾部 漂白剤を使っていなければ、どうしたってそうなります。腐敗止めなどが入っている発酵食品がありますけど、それで発酵が止まるということは少ない。発酵ものというのはだいたい年数が経っているもののほうが高いんです。ワインだってそう。だから、発酵ものに賞味期限があるというのが不思議でしょうがないんですよ。10年ものの梅干を食べて中毒を起こしたなんて話、聞いたことありませんよ。
「日本酒造りは大変ですが、面白さもありますね」
吉村隆之
天野 今の人はわからないんですよね、食べ物がわるくなっているのかどうか。だから味見もしないで電話がかかってくる。「賞味期限がきれているんですけど、食べて大丈夫でしょうか」ってね。
綾部 発酵ものがわるくなってくると、だいたいすっぱくなってくるんですよ。でもそれは乳酸菌だから毒じゃない。
天野 お腹をこわすことは絶対ないです。今日本人が花粉症とかアトピーで苦しんでいるでしょ。昭和30年代はああいう病気ないんですよ。なぜならみんなが本物を食べていたから。日本はカビの文化だから、カビを体内に取り込むことによってああいう病気が出てこなかった。それが高度成長期になってから、インスタント食品が出てきて……。
綾部 昔の食事に近づければ病人も今の1/3ですむだろうっていいますね。だいたい味噌汁も飲まなくなったし、発酵食品や繊維もあまりとらなくなりましたしね。
天野 食べ物もカビが生えるものを食べていれば安全ですよ。現在はカビも生えないような恐ろしい状態なんです。
吉村 僕たちはとにかく発酵食品を大いに食べましたものね。
綾部 食べましたよ。だから百歳ぐらいの人でも、こんな東京の真ん中でも元気なんじゃないですか(笑)。
生きているものを扱う難しさ
綾部 やはり生きているものを扱うわけですから、夏には夏の造り方が、冬には冬の造り方があるんです。手で造っていると、あとどれくらいで甘みが出てくるかとか、麹菌がどれくらいしたら(米の)芯まで入っていくかとかがわかるんです。それは長年の経験と勘ですね。
吉村 日本酒は平行複発酵といって、お米のでんぷん質を糖化するまでは皆さんと同じなんですが、それと同時にアルコール発酵が進んでいく。平行複発酵というのは、世界的にみてもあまり例のない日本独特のもの。造り方も非常に難しい。大変といえば大変なんですが、面白さもありますね。
綾部 逆にいえば、毎日同じように造れるわけじゃないから面白いんです。これが当たり前のように造れちゃっていたら、面白みも半減しちゃいますよ。
天野 以前、温度計に頼って失敗したことがあるんですよ。せがれのためにと思って、ずっと温度計でデータを残していたんですが、そのとおりにやってもだめなんです。お米の水分量や温度管理、時間など条件によって毎日違う。甘酒の造り方なんて文献にも残ってないし、言って教えられるものでもないですし……。
——いっしょに造りながら覚えるしかないと。
天野 覚えてもらうしかない。
綾部 発酵ものは教えるってことができないですね。
天野 一回だけ糀を仕込むんだったらできるんですよ。それを毎日同じ時間に同じようにっていうのが難しい。ある程度習得しないと。だから、せがれにはわざと失敗させているんですよ。ぎりぎりまで見ていて、いよいよこれはだめだなって思ったら、こうやってやるんだよって口を出す。
綾部 確かに発酵ものは一生研究でしょう。
吉村 ほんとに身で覚えないとだめですよね。
大手には造れないものを
綾部 だんだん味噌も売れなくなって、やめていく味噌業者も多いですね。だから私、言ったんですよ。「今風の味噌を造っているからよけい売れなくなるんだよ」ってね。やっぱり昔の味を、伝統のあるものをちゃんと造っていれば、消費者はついて来るんじゃないかと思いますよ。それこそそろばん勘定じゃなくて、職人根性でやっていかないと無理かもしれないです。こつこつ地道に造っていくほかないんじゃないかと。大きいところと同じようにやっていたら、おそらくだめでしょう。
吉村 私どものように小さなところでは特色のあるものを造らないと。今年から造り出した「十右衛門」というお酒は、純米、無濾過、原酒。このお酒は昔ながらの製法でけっこう珍重がられまして、たいして仕込まなかったから、11月にはなくなりそうなんですよ。
綾部 私も何軒か造り酒屋さんを知っているけど、機械でも造れるんだけど機械じゃやっぱりだめみたいですよ。人間の経験と勘が一番みたいですね。
吉村 確かに機械で造れば、あるレベルのものを一定量造ることはできるんですが、それ以上のものを造るとなるとなかなか難しい。手づくりだとその上をいくことができますから。
天野 缶の甘酒ってあるでしょう。大手が製造しているってことは、まだ甘酒が売れているってことなんですよね。大手はそろばんはじいて儲からなかったら撤退しちゃいますから。でも、われわれと同じものを造ろうとしても、手間がかかりすぎて大手には造れないですからね。
「われわれが造っているものは手間がかかります」
天野博光
綾部 できないですね。
天野 甘酒って重いからお客さんが持ち帰るのが楽なように、フリーズドライにしたらどうかと思ってやってみたことあるんですよ。でも添加物を入れたりしないと塊になっちゃうんですよ。それじゃあ造ってもしょうがない。一杯分ずつお湯で入れられる簡単なものができればと思いましたけど、だめでしたね。
綾部 麦茶もそうですよ。ちゃんと煮出して飲むのと、パックで入れるのとではぜんぜん味が違いますから。簡単にできるものほどうまくないっていうのはそれですね。
天野 日本人がそこに気がついてくれないと。漬け物と味噌汁と納豆、そして甘酒と夜は日本酒を飲んでいれば、肥満にもならないし、体にもいい。飲みすぎるとちょっとまずいかもしれないけど(笑)。

                                   協力:神田神社



三河屋綾部商店…延寿甘酒と珍しいわら納豆、味噌は仙台味噌、甘辛味噌など4種類
tel.03-3251-7086

天野屋…明神甘酒と大粒の大豆がうれしい芝崎納豆、手前は久方味噌(なめ味噌)
tel.03-3251-7911

豊島屋本店…雛祭りの人気商品である白酒は上品な甘さとなめらかな飲み口
tel.03-3293-9111



*甘酒と白酒の違い…甘酒は蒸した米に米麹と水を加え発酵させてつくる甘味飲料で、アルコール分はなし。白酒は蒸したもち米と米麹をみりんのなかに仕込んで熟成させたあと、すりつぶして造られる。アルコール分約10%で、リキュールに分類される。

*こうじの表記には、麹(麦を原料としたもの)と糀(米を原料としたもの)があるが、本文ではコウジカビ一般を表すものとして「麹」を使用している。


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