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KANDAルネッサンス 77号 (2006.04.25) P.4〜5 印刷用
当世古本屋事情 その1

古書業界が変わりつつある。古書店の多様化や古本にちなんだイベントの開催など、神田神保町にも従来の客層とは違った若い世代の姿を見かけるようになった。古書検索サイト「日本の古本屋」が認知されるようになったことも大きい。古書店の世代交代が進むなか、昨今の古本屋事情はどうなっているのか。毎号さまざまな角度から古書業界のあれこれについて取り上げていきます。

鼎談 古書業界はこれからだ①


佐古田亮介(けやき書店)
藤原栄志郎(とんぼ書林)
高山 剛一(高山本店)


古本屋になったわけ
——まず、皆さんがこの業界に入ったきっかけについてお聞きします。
佐古田 僕は高校を卒業して、運良く一誠堂書店に採用されてこの道に入ったんですけど、古本屋になりたくて一誠堂に入ったわけじゃないんですよ。一誠堂に入ったというのも、学校が苦手で大学に進学する意思がまったくなかったから。高校の卒業式が終わってからは、毎朝、朝刊の求人欄を開いて、どこにしようかなというのが日課でした。勉強はからきしだめで嫌いだったんだけど、本を読むのは好きで、働くんだったら出版社か本屋かなと。そしたら、ちょうど一誠堂の求人広告を見つけたんですよ。一誠堂には13年と9ヶ月いましたけど、それだけやっていたらもう古本屋になるしかないんですね。じゃあ独立するかってことで、それで古本屋になっちゃったんですよ。なりたくてなったんじゃなくて、なんかこう流されるようにきて、結局古本屋になっちゃいましたね。
——店を出すならやはり神保町だと?
佐古田 そのとき松戸に住んでいたんですが、結婚もして子どもも二人生まれていましたから、どこに店を出すかというのは重要な問題で、けっこう真剣に悩みましたよ。それで松戸だけじゃなく、市川、千葉、柏の古本屋さんをほとんど見て回ったのね。松戸でやるとすればそこが手引きになると思って。でも何が主流かっていったら、9割方漫画、文庫、アダルト。そういう状況を見て、やっぱり神保町で目録出して通販でやるしかないかなと。分野は日本の近代文学。高校時代から太宰治とか坂口安吾が好きで、独立して店を始めるときもそういう本しか持ってないし、まず手持ちの本でやるしかないでしょ。自然とそうになる。無頼派中心にしたのは、店を開いて今年20周年を迎えたんですけど、まあ間違ってなかったかなと。
藤原 やっぱり人気ありますよね。
佐古田
この業界も意識改革をしないと生き残っていけない
佐古田 太宰はすごいですよ。若い人が必ず読むからね、十代後半から二十代前半にかけて。やはり若い読者をつかめる作家っていうのは滅びないんですよ。常に新しい読者がつくから。新しい読者がつかなくなっちゃうと忘れられていっちゃう。
藤原 目録は年に何回出しているんですか。
佐古田 今は年に4回。うちは年会費もらっているの。ある時踏みきったんですよ。目録をただで配っていると際限なく増えるから、どこかで切らなくちゃと。
藤原 今回買わなくても、次買うかもしれないし……。
佐古田 結局わからないんですよ。だからお金を取ることにして、払う、払わないはお客さんが決めればいいことだと。こっちはハードルだけ用意して、飛び越えて来る、来ないはお客さんに決めてもらうということにしたんですよ。目録の数が一気に激減しましたけど。
高山 かなり変わりました?
佐古田 今までは1,500〜1,600ぐらい送っていたんだけど、300ぐらいに減りましたよ。でもね、売り上げはほとんど変わらない。結局買う人は300〜400人しかいないっていうこと。
藤原 会費を取るってすばらしいアイデアだな。
佐古田 でも勇気いりましたよ。今でも、「会費取るなんて聞いたことない」って言われますから。
藤原 でも、聞いたことがないっていうのが一番商売になるわけだから(笑)。人と同じことやっててもだめですから。
 私の場合はずっと出版社に勤めていたので、神保町にはよく来ていました。神保町は古書の街なんですが、私の場合は仕事上新刊の街。「神田村」って言っていたんですが、すずらん通り一帯に小さな取次がいっぱいあって、見本を持って取次を回っていました。週に1回くらいは仕事で神保町に来て、そのついでといってはなんだけど、古本屋も回っていました。地方への出張も多くて、本屋さんは夕方から忙しくなるので、5時か6時ぐらいには営業を終わらせて、夜はだいたい古本屋さんを回る。大阪とか京都、三宮、名古屋、仙台……。かなり手広く古本屋のあるところには行ってました(笑)。
佐古田 かなり意図的に(笑)。でも、古本屋がある町は読者がいる町でもある。逆に古本屋がないところは新刊屋もろくにないところが多い。
藤原 会社を辞めたとき、もう人に使われるのはいやだなと思って。ちょうど商工会議所で創業塾をやっていたので、そこに通ったんですよ。そこでビジネスプランを書くわけです。とんぼ書林という古本屋をつくってどういうふうに商売をやるかっていう。どんな商品を扱って売上げはどれくらいでとか。
佐古田 かなり具体的で細かいんですね。
藤原 つまり銀行の審査を通ってお金が借りられるかどうかぐらいのビジネスプランです。競争相手を想定して、たとえばうちなんか女性問題を扱っているので、京都の梁山泊さんとか、本郷の文生書院さんとか。最終的にビジネスプランを中小企業診断士に見てもらうんだけど、知らないんですね、古本屋のことは。資料もないと(笑)。
佐古田 知らないよね(笑)。
藤原 まあ、やってみないとわからないというところに落ちついたんですけど。あとは知っている古本屋さんに聞いたら、やっぱりお店というのはきついから、ネット販売が面白いんじゃないかと。それで3年前に事務所を立ち上げたんですが、けっこうたいへんでした。千円、二千円の本じゃなくて四千円、五千円で売れる本というのはそう簡単に集まらない。やはりネットだけじゃなく、目録販売などいろいろやってみるのもいいかなと。ネットというのも通信販売ですから、目録のひとつみたいなものなんですよ。今はネットだけでなく、即売展や共同目録もやっています。専門は女性関連問題。この道に入った時に、新参ですから隙間を探したんですよ。女性問題だったら専門にやっているところはないなと思って。そう言うとみんなから「商売にならないからみんなやらないだけ」って言われるんですけど。
佐古田 時代とともに変わっていきますからね。世の中も動いていますから、これからどうなるか興味深い分野ですよ。
——とんぼ書林さんは、神保町古書モールに出店されていますよね。
藤原 古書モールはかんたんむさんが主催していて、去年の1月にオープンしたんですけど、その前の年の12月にかんたんむさんがモールをやるという話を聞きまして、じゃあ私もやらせてもらえませんかと。それと、私が考えてきたことのひとつに、たとえば組合で100坪の店を借りて大家さんになって組合員に貸せば、100坪のとんでもない古本屋ができるわけですよ。そして各々の古本屋さんが得意な分野やこだわりのある分野で勝負する。店の管理は、20店舗入っていてもほんの2〜3人でできますから、拠点ごとにこういったモール形式の古本屋をつくるというのは、これからの古書店経営のひとつになるのではないかと思っていたんです。ですから、ちょうどいいタイミングで話を聞いたので、まず自分でやってみようと思ったんです。ちょっと場所が分かりづらいというのがありますけど。店の目の前で「入口どこですか」って聞かれたこともある(笑)。
高山 今モールには何軒くらい入っているんですか。
藤原 20軒前後ですか。棚としては100台くらいあって、約半分をかんたんむさんが使って、50台を貸すような感じです。私は入れ替えを考えると、2台くらいが適当なんじゃないかと思いますけど。
高山 僕の場合は実家が古本屋で、自分の代で五代目になるんですが、高山本店という店は子どもの頃は遠い存在でした。なぜかというとうちの店はもともと2軒あって、高山支店があったんです。まあ、本店というのは支店に対しての本店ではなく、本の店という意味で本店というんですが……。ちょうど三省堂の横、今はロッテリアになっていますけど、そこが高山支店で、僕が生まれ育ったところなんです。本店は僕の祖父母が住んでいるところという認識でした。当時支店でどういう本を扱っていたかといいますと、漫画、今でいうサブカルチャー系。本が好きだったかどうかといえば、図書室にずっといるような子どもでしたね。大学を卒業してからはずっと教員をやっていましたので、この仕事に本格的に関わるようになったのは、今から5、6年前からです。こちらの事業部の一新会(毎週木曜日に開かれている交換会)の運営に関わることになりまして。
——最初から店を継ぐというお考えは?
高山 それはもうぜったい継ぐという意志はありました。ただ、古本屋になるための学部とか大学とかはないわけで、実際入ったのが教員養成系の大学だったというのもありますが、教師をやりたいという気持ちが中学校ぐらいからあって。でも子どもの頃から、「君は店を継ぐんだから」と言われていましたし、小学生ぐらいからデパートの即売会に連れていかれました。その頃支店ではデパート向けの商品を扱っていて、百科事典がすごく売れた時代があるんです。それこそ1日50セットとか。百科事典って1冊ずつ配本されるから、それを考えると古本屋さんでワンセットばーんと買っちゃったほうがはるかにお得だったんですよね。よく親にくっついて横浜や木更津のショッピングセンターに行ってました。そういう感覚はその頃つくられたっていうのはありますけど。
藤原 6年も先生をやっていて、この道に入るのに抵抗はなかったですか。
高山 近所の友達に古本屋さんが多かったので、それほど抵抗は感じませんでした。昔は錦華小学校って言ったんですけど、クラスに4〜5人は古本屋さんの子どもがいるんです。でも、長男だったり次男だったりしますから、同じ小学校で同じ学年で古本屋を継いでいるのは小宮山書店の小宮山慶太しかいません。中学では沙羅書房の初谷康行が一緒です。でもまあ家が古本屋だっていう話はしませんけどね。
佐古田 小学生が家業の話はしないよね。昨日は売れた? なんて(笑)。

東京古書会館の新しい取り組み
藤原 2003年7月に古書会館が新しくなって、佐古田さんが理事をやられていた時に初めて広報ができた。それまで古書業界そのものが独特な世界をつくっていて、それを外に宣伝するという発想があまりなかった。
藤原
ネットのお客さんにも店に足を運んでもらいたい
佐古田 情報を囲っておこうというスタイルでずーっときたから、発信しようなんて意識が全然ない。本の値段ひとつにしても外部には出さないというような傾向が強かった。でもインターネットを始めるようになって、そんなことは意味がなくなって、むしろその存在を知らせていかないと生き残っていけない、意識改革をしないとだめだっていうことにようやく気づき始めたんですよ。やはり検索サイト「日本の古本屋」の存在は大きい。それまで古書の流通は、全部古本屋さんのネットワークしかなくて、あと古本屋さんに出入りするセミプロみたいな人が個人でいて、それで成り立っていた世界だったから。
——藤原さんは現在、古書組合(東京都古書籍商業共同組合)の広報を担当されていますが、これからどういったことに力を入れていきたいと?
藤原 情報を発信することはもちろん、業界全体の認知度を高め、レベルアップを図るというのが広報の目的でもあるんですが、まず古書会館のことを知ってもらわないと。2階の情報コーナーではスペースの貸し出しもしているんですよ。ガラスケースなどもあり、いろいろな展示もできるようになっています。このコーナーを使ってもらうというのは、古書会館をつくった目的にも合いますからね。地下には多目的ホールもあって、金・土は即売展がありますが、それ以外は貸し出しもしています。立地的にも便利な場所ですから、いろいろなかたちで使ってもらいたいですね。
佐古田 使ってもらわないと知ってもらえないからね。
高山
古本屋になるための学部とか大学とかはない
藤原 組合員は一頃より若干減っているんですが、神田支部は増えているんです。自分なりの切り口をもった若い人たちがいろいろとやり始めていますから、神保町は活気がありますよ。
——今年も一般向け即売会「アンダーグラウンドブック・カフェ」が6月に行われますね。
佐古田 今まで古本屋に行ったこともないし古書街に来たこともないという人、まず即売展で一番見ない年齢層の若い女性がアンダーグラウンドだけは来る。それくらい違う。発信しているんですね。
高山 飲食店がいっしょになった企画も今までなかったですよね。
藤原 最近少しずつ女性も増えてきましたけど、やはり即売展で女性は見ませんからね。それとネットのお客さんにも現実の即売展やお店に足を運んでもらいたい。ネットは本を探すのには便利だけど、お店に行けば類書を見つけたり、探していた本の隣になぜこの作家がというような、その店なりの切り口で本が並んでいたりしますから、お客さんにとっては思わぬ発見があるんです。これは店に行かないとわかりませんからね。   (次号につづく)


さこだ・りょうすけ:1955年生まれ。一誠堂書店を経て、1987年けやき書店を開業。日本の近現代文学、初版本等を扱う。

ふじわら・えいしろう:1952年生まれ。出版社勤務を経て、2003年女性関連図書のネット古書店、とんぼ書林をオープン。

たかやま・ごういち:1969年生まれ。高校教員を経て、2000年実家である高山本店に入る。明治8年創業の高山本店は、日本史、能、狂言、美術などを扱う。

◆日本の古本屋 http://www.kosho.co.jp/
◆けやき書店/千代田区神田神保町1-9 ハヤオビル6F tel.03-3291-1479
◆とんぼ書林/http://www.tomboshorin.com tel.03-3395-1117
◆ 高山本店/千代田区神田神保町2-3 神田古書センター1F tel.03-3261-2661



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