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神田資料室

KANDAルネッサンス 59号 (2001.10.25) P.6〜7 印刷用

特集 学生街発祥の地「神田」に都心型学生街再興の動き

都心型学園都市のゆくえ

新世紀カルチェ・ラタンは連携が決め手

 明治期、私学がはたした業績は大きい。その一翼をになったのがここ神田の地である。
 この機会に建学時の理想にかえり、その明治の情熱を振り返る時点が今であるといえるのではないか。明治大学に岸本辰雄あり、日本大学に山田顕義あり。創設者は大海に漕ぎ出でんとする偉大な一葉であった。また学生はいつの時代も青春のエネルギーの象徴であった。よく遊ぶ者はよく学ぶ者でもある。常に若々しい神田は、学生とともにあり教育文化都市であり続けたからだ。近代神田の発展はこれを抜きに語れない。
一大学を越えて、日本がインターナショナルであるためには、各大学の基礎研究を中心にした連携など、今後皆が注目しているのはそうした自由な発想と内容にあるといえるだろう。神田カルチェラタンが対立競争の図式ではなく、連携の図式。これが21世紀に求められているとはいえないだろうか。
神田学生街の移り変わり
江戸幕末蕃所調所・お玉が池種痘所時代
蕃所調所・お玉が池種痘所・湯島聖堂
明治前期東京大学・学習院時代(錦町官学時代)
東京開成学校(東京大学)・学習院・外国語学校・東京商業学校
明治後期私学全盛時代(学生街最盛期)
明治法律学校・英吉利法律学校・日本法律学校・専修学校・女子職業学校
大正・昭和大学安定期
明治大学・中央大学・日本大学・専修大学・東京電機大学・共立女子大学・東京歯科大学
戦後私学郊外拡張期
明治大学・日本大学・専修大学・東京電機大学・共立女子大学・東京歯科大学
現代都心型大学再興期



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