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神田資料室

KANDAルネッサンス 72号 (2005.01.25) P.15 印刷用
神田人物誌

松浦武四郎

中西隆紀

 松浦武四郎ゆかりの大台ケ原へ行ってみたい——そう思い続けて、いまだ果たせない場所のひとつがここだ。晩年、武四郎はここで鍋を土に埋め、鍋塚を建てた。その彼の思い入れの深さを実際に山の気に触れて感じてみたいと今も思う。
 なぜ鍋か。彼は幕末から明治の探検家であり、探検家に鍋は当時欠かせなかったのである。永年これで飯を食らい枕とし、共に旅に明け暮れてきた想いと過去がここにつまっていたからだ。この鍋なくして彼はここまで生き長らえることができなかった、そんな想いがあったのだろう。
北方ロシアとの領土問題はいまだ解決をみていないが、彼の北辺探索は北海道の奥地をきわめることであった。深山幽谷をものともせず、彼はアイヌの村々を経巡っている。北海道の名付け親は実はこの武四郎である。
北海道は元々がアイヌの土地であるし、こうした異文化との接触は、侵入と友好が紙一重なのは致し方ない。学術的であろうがなかろうが、探険家というよりもむしろ人間の資質がここで問われてしまうのだ。
彼が昼寝をしていると、アイヌの子供たちが近づいてきた。これは和人か、いや和人ではない。マトマイ(松前)コタンのアイヌに違いないと言ったという。それほど彼はアイヌの懐にまで入り込んでいたのであった。
その彼の晩年の住処が神田である。神田五軒町十五番地、秋葉原でもどちらかというと上野に近いあたりだ。
ここに彼は不思議な書斎を設ける。畳一枚を敷いただけの極小の部屋だ。これは実は都内某所に残されていて、私は頼み込んで見学させてもらったのだが、実に奇妙な豪華さに驚かされた。天井から見下ろす龍と眼が合ってしまったのである。
中西隆紀 フリーライター
1947年、大阪生まれ。多摩美術大学油画科卒。神田で『本の街』を創刊。『神田300年地図』発行。著書に「幻の東京赤煉瓦駅—新橋・東京・万世橋」(平凡社新書)。
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