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神田資料室

KANDAルネッサンス 70号 (2004.07.25) P.15 印刷用
神田人物誌

中 勘助①

中西隆紀

 岩波文庫のロングセラーのひとつに中勘助『銀の匙』がある。ここに繊細なタッチで描かれるのは、神田で過ごした幼年期なのだが、読者層は年齢、地域を問わず人気が高い。こうしたファンの層の厚さは、とりもなおさず私たちが、いかに幼児語への追慕的感覚に弱いかをも語っている。中勘助は、神田東松下町7番地の今尾藩邸内で生まれた。
 画家鏑木清方も神田生まれだが、彼の傑作「築地明石町」は少なからず中と関係がある。ここに描かれる美女は私には西洋でいえばモナリザを連想させる。なぜならば両者にはどこか実在を超えたものがあるからだ。「築地明石町」が日本のモナリザとは言い過ぎだろうか。
 だが、モナリザにもモデル論争があるように、「築地明石町」にもモデルとささやかれる女性がいる。江木万世(ませ)。この女性と中勘助は実は近くて遠い不思議な因縁があった。親友の妻であったのである。
 富岡多恵子は『中勘助の恋』のなかで、ごく通常な性愛的な愛から距離をおかざるを得なかった彼の特殊愛を多面的に分析しているが、これが面白い。愛は想像力と自己偏執なくして語れないが、その自己愛の発露を彼に見ている。男らしさのない男の子の世界、そんなものもここにある。
 万世は安倍能成も「本郷あたりの青年学生のあこがれの的であった」と語る美人で知られていた。彼女の義父は江木写真店を経営していたというので、私は神田の古い地図で見知っていた江木写真館を想像した。だが江木写真店は実は二つあり、父は新橋の江木写真店を経営していたのであった。
中西隆紀 フリーライター
1947年、大阪生まれ。多摩美術大学油画科卒。神田で『本の街』を創刊。『神田300年地図』発行。著書に「幻の東京赤煉瓦駅—新橋・東京・万世橋」(平凡社新書)。
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