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神田資料室

KANDAルネッサンス 69号 (2004.04.25) P.15 印刷用
神田人物誌

原 民喜

中西隆紀

 能楽専門出版社「能楽書林」は懐かしい。改築前の建物を知っているからだ。その頃はまだ、原民喜が住んでいた小さな部屋も残っていた。取材はまさにその部屋を見たいがためであったのだが、部屋は一階の左手、あの丸眼鏡の細い体でひょいと顔を出しそうなペンキのはげた木枠の窓が付いていた。場所は専修大学横で、このビル角に掲げられた能面のレリーフは、改築前も今もこの店のシンボルともなっているからすぐそれと分かる。
 原爆を描いた「夏の花」の作家原民喜が神保町の能楽書林に移ってきたのは昭和二二年の暮れのことであった。それからの短い二年間。これがわずかな陽だまりの中の神保町時代だ。そして四年後三月には自死の道を選んでしまう。
 閉じこもりがちだった彼を誘い出したのは年下の遠藤周作であった。二人が神保町でよく飲み歩いたコースは北沢書店裏「竜宮」から、路地伝いに「らんぼお」(現ミロンガ)だったが、その「竜宮」も閉店を余儀なくされた。その最終日、最後に飛び込んだまったく新参の客は何を隠そう私である。
 この時、汁を張った鍋底が見えた。眼にもあざやかな白いはんぺんが浮き出すように二つ残っていて、見てみろ、これでやっと一つだぜと笑いを誘う遠藤周作の声がそこに見えた。
中西隆紀 フリーライター
1947年、大阪生まれ。多摩美術大学油画科卒。神田で『本の街』を創刊。『神田300年地図』発行。著書に「幻の東京赤煉瓦駅—新橋・東京・万世橋」(平凡社新書)。
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