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KANDAルネッサンス 68号 (2004.01.25) P.4 印刷用
特集

都市史研究家 鈴木理生さんが行く神田警察通り


 冬の到来を感じるある晴れた日の午後、当編集事務所に都市史研究家の鈴木理生さんがお見えになりました。鈴木さんは、長年にわたり東京の発展と水運の変遷を調べていらっしゃる方。前号の特集で「神田警察通り」を取上げたことがきっかけで、我が事務所を訊ねてきてくださいました。
「今年初めて東京に出てきましたよ」。
とても元気な第一声です。
「神田警察通りと聞いて懐かしく思ってお寄りしたわけですが、今改めて見てみますと、この通りはまるでストローのようですね。一方通行の車のナンバーを見ても東京のナンバーはごくわずかですよ。それから、いま正則学園の解体工事現場で昔の杭を抜く作業をしていますよ。おもしろいから見ていらっしゃいな」。
ゆっくりお茶でもと思っていた私達は、カメラ片手に現場へ出動!長さ8mにもわたる松の杭が20本近く横たわっている。現場の方にうかがうと、実はまだ1千本も埋っているとかで、抜くだけでも2〜3週間かかるようです。しばし、昭和初期の土の香りを肌で感じながらシャッターを押しつづけ、ウキウキした気持ちで事務所にもどったところ、「ね、おもしろいでしよう。」と鈴木さんが嬉しそうに私達の帰りを待っていてくださいました。

正則学園の工事現場からは、
かつて土台に使用されていた杭がザクザク。
(平成15年11月)

 車のナンバーのこと。この通りは都外の人に占領されていること。これでは、街は寂びれるのが当たり前だということ。そして杭のこと。わずかなことですが、目線を変えると街の見方、感じ方がこんなにも変わるとは、いやはや感服です。

■表があれば裏がある
「いまさら通りをつぶして歩道を拡張とか言うよりも、もっと裏通りの密度を濃くしなくてはなりません。大動脈としての神田警察通りに対して毛細血管としてある裏通り(路地)に栄養が行き届かない限り、街は栄養分を失い存在できなくなります」と、鈴木さんは厳しく言及されます。
 鈴木さんにとって『神田警察通り』の思い出は、戦後のヤミ市時代に遡ります。
「今でこそ秋葉原は電気街として世界的に有名になっていますが、もともとは神田錦町周辺が電気街誕生の地なのです。現在の靖国通りの駿河台から須田町に向かう南側の沿道には電気部品のヤミ市がずっと並んでいました」。
そして鈴木さんはアキバ電気街誕生の裏付けを『電気の道』といって教えてくれました。
「この界隈がおもしろいのは、電気部品のヤミ市だけではない奥深い歴史が蓄積されているということが魅力なのです。まずは、科学技術関係や情報通信、電気電子などの書籍を扱うオーム社が神田錦町3丁目にあります。
創業80年にわたるその功績は、科学技術の最先端の情報を発信する世界に誇る出版社の一つであるでしょう。もう一つは、創刊以来70数年の歴史を持つ『子供の科学』で有名な誠文堂新光社は、かつて神田錦町にありました(現在は文京区)。こちらも日本の科学者や無線技術者、農業技術者などの育成に寄与しています。そして次に東京電機大学(神田錦町2丁目)。こちらはご存知の通り電子工学・科学技術者の育成機関として明治40年の創立以来、社会に優秀な技術者を送り出していますね。このように、神田錦町には“電気の道”ができていたのです。そして戦後のヤミ市。錦町界隈は、電気の世界に関する情報発信から人材育成まですべての要素と地縁を持ち備えた街なのですね。面白いでしょう。」鈴木さんの話は更に進みます。
「『電気の道』だけではないですよ。チョコレートの道もあります。戦前、丸の内を突き抜けた神田橋附近にロシアのチョコレートを扱うお店がありました。またつい最近までやはり神田橋際に『ロータリーチョコレート』というお店もありました。そこから靖国通りを抜けて淡路町へ行くと『近江屋洋菓子店』に辿りつきます。これが『チョコレートの道』」。
 ロシアチョコレートのお店については、編集スタッフも情報を集めていたところ。そのお店はかの岩崎久彌氏も好んでいらしたらしいというお話もあります。(注:この道は、将軍の寛永寺墓参の『御成り道』でもありました。)
「私が言いたいのは、街を区切ってみ見るのではなく、今のように『電気』や『チョコレート』という結び付けで見ていくと、なぜそこにあるのか、なぜ街がこのような形になっているのかわかってくるのです。もちろんそこには、街の成長、歴史があるのです」。

■機能の使い分け
 「特に神田の街の機能は、そこに出入りする人との関係で成立していました。けれども、今その機能をうまく使い分けられず再開発とい『町壊し』を推し進めているような気がしてなりません。最近の都市開発は、何を求めているのでしょうか」。
 鈴木さんは、神田に限らず、汐留や品川、六本木の開発をみるにつけ、現時点で「完全」を求めてすべを余す所なく開発する様子に矛盾を感じているようです。
「完全を求めるのは悪くはありませんが、都市の機能は時間の経過なしには成長していきません。今、すべてを完全にしてしまう必要性があるのでしょうか。『完全な計画』は成立した瞬間から不完全になるのが当然なのです。私達はもっと子孫の活躍を期待した開発をしていくべきだと思います。
そこで、大切なのが先ほどから言っているように『時間との結びつけ』なのです。もし神田警察通り、ニューヨーク市流に言えば、『第3分署※』沿いに新しく人の結び付けを見出せたらば街の様相も一変します。それには車の一方通行即時撤廃を叫びたいところです」。
 神田の変化を冷静かつ客観的にみつめる鈴木さん。「まちづくりは、子孫の時代にも継がせられるもの」という視点がとても新鮮であり、責任の重さを感じました。(本誌出版部)

※「第3分署」…「警視庁の設置に関する条例」別表1「警察署の名称、位置及び管区域」を見ると、「麹町、丸の内、神田」という具合に、神田は第3番目にあることから。


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