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神田資料室

KANDAルネッサンス 60号 (2002.01.25) P.4〜5 印刷用

特集 21世紀のコミュニティのあり方〜千代田の粋と絆

NPO法人神田学会設立記念シンポジウム誌上再現

パネルディスカッション

●パネリスト
 福澤 武  大手町・丸の内・有楽町地区再開発推進協議会会長
       三菱地所株式会社取締役会長     
 坂本 恒夫 明治大学経営学部 教授
 国友 綾子 丸三緑与株式会社勤務 麹町在住
 堀田 康彦 有限会社薮蕎麦 四代目社長
●司会
 高山 肇  書肆高山本店 四代目
       千代田区議会議員


高山 私は第一回目の神田学会から参加しておりますが、先の望月理事長のお話に改めて感激しております。このディスカッションで二十一世紀のコミュニティのあり方について糸口だけでも見つけられたらと思います。
 千代田区歌の一節に「オフィスセンター、テレビ塔」という歌詞があります。区民の誰もがオフィスセンターは丸の内のことだと思いこんでいるわけですが、丸の内からお越しの福澤さん、さっそくですが、千代田のコミュニティに対する思いをお聞かせください。
福澤 私は、丸の内に勤務して三十年になります。神田の思い出といえば、交通博物館に万世橋駅と廣瀬中佐の銅像ですね。子供の頃市電に乗って二重橋の前を通過する時、車掌の「宮城前でございます」というアナウンスと共に、皆宮城に向ってお辞儀をしていたことを思い出します。
私が勤め始めた頃の丸の内は、明治から大正時代に造られた赤レンガの街と大正時代から盛んに建てられたアメリカ風ビルが並ぶ街でした。その代表格が「丸ビル」でした。赤レンガ街はロンドンを真似し、明治二十三年にビジネスセンター構想を掲げ建てられたものです。その後大正時代に入ると、アメリカ型のビルが増え日本を代表するビジネスセンターとしての機能を果たしてきました。
しかし、戦後丸の内に支店を開きたいというアメリカの大銀行が、「こんなスラム街には支店を出せない」と赤レンガ街への出店を拒否してきました。すでに丸の内は時代に遅れていたのです。そこで昭和三十年頃から赤レンガ街の大改造をおこない、現在の姿になりました。ところが、、現在の急速な時代の変化に対応が追いついていけず、すでに今、再々開発が必要な状況になっているわけです。今年八月には「新丸ビル」が誕生します。このような大改造を繰り返す中、これまで、都市政策に対する考え方は、戦後主流になった業務地区、居住地区と分けるやり方。しかし、現在は住民の重要性が再認識されています。
丸の内で住民というのは難しい話ですが、そういう意味では神田の果たす役割は非常に高いと思います。「おもしろい街、神田」にいろんな興味を持った人達がやってくるといいですね。
高山 なるほど。では、坂本先生、千代田区にあった大学が一時期都心から離れていった時代に、明治大学からは残りますよ、という頼もしいお言葉をいただきました。近年完成したリバティタワーもそうですが、今後の大学の戦略をどのようにお考えですか。
坂本 まず、私は今日この壇上に上がるまで、地域コミュニティについてあまりにも無関心であったことに反省しております。実は、このたび当大学の新設された公共経営学科に対しては反対でした。「大学はもっと特化するべきである」と主張していたのです。しかし、その思いは払底されました。大学と地域が共にできることを考えなくてはならないという使命を感じています。例えば、都心の中でこれだけの空間と人の流れを作るところはないと思いますので、神田祭や古本祭りで当大学や施設を利用していただきたいですね。個人的な意見ですが、東洋一の情報量を備えた大学図書館を二十四時間開館するべきだと思います。会社帰りに気楽に寄っていただけると嬉しいです。高山さんから大学には地域との窓口がどこにあるのかと尋ねられましたが、まさに、これからはそのような窓口をきちんと設けなくてはなりません。
高山 私は明大の裏に住んでいますが、確かに明大は存在感があります。会社で言う総務のように「地域部」のような窓口を設けておただきたいです。では、麹町からお越しの国友さんいかがでしょう。
国友 私は結婚を機に千代田区の住民になりました。最初は東京のまん真中に住民なんているのかしら、と思ったくらいでした。主婦の目から言わせていただくと、まず私の住む麹町には商店が少なく買い物に苦労しております。ちょっとした買い物をするにも車を走らせるしだいです。それから、若い方々に町会活動にもっと参加してほしいですね。何かきっかけがないと入りにくいのかもしれませんが、年輩車が多い組織なので。でも企業の方ももっと積極的に町会活動に参加して欲しいですね。
高山 そうですか。神田っ子の立場から見ると、麹町にはまだ住民がたくさんいらっしゃるように感じますので、羨ましいです。それでは、堀田さんお願いします。
堀田 私は本当に神田に土着した者で、商売と生活の場が同じ所なのでどうしても世間との接点を自ら求めていかないと小さい人間になってしまうという、生まれながらの環境の中で育ちました。幸い父のおかげで井の中の蛙で終わらないだけのチャンスに恵まれました。さて、常日頃感じることは商売の発展は街の発展と一心同体であることです。そして街が街であるためにはやはり、人の住む街であることが大きなファクターであります。田園調布のような街並みが良いというのではなく、オールドタウンの中で金持ちから貧乏人まで、子供からお年寄りまで共存できる街であって欲しいと思います。ただ、現実をみると千代田区は昔から行政依存の風潮が強い街であります。自分の家業だけ勢を出していれば良いという時代はもう終わり、これからは、あらゆる面でいろんな方々が直接参加して目標にむかって力を合わせていくことが都市のコミュニティの概念ではないかと思います。
高山 さきほど国友さんから、町会の話が出ました。千代田のコミュニティを語る時、町会のコミュニティ抜きには語れません。現在千代田には百九もの町会団体がありますが、若い世代との交流は各町会とも苦労しているようです。国友さんの町会はどのようになさっていますか。
国友 実は町会の婦人部となると人数がだいぶ減ってしまうのです。私自身、婦人部活動は、年上の方におまかせしてしまっているので。今、子供が二人いますので、町会サイドというよりは学校とのつながりの方に力が入っています。
高山 ライフスタイルが変ってきたと言ってもいいのでしょうか。若い層の住民にも喜んで参加してもらえるような提案をしていかないと、町会活動に参加してもらえないのでしょうか。
堀田 私の子供時代は住み込みの人がいたり、子供も多かったので学校には人が溢れるくらいでした。しかし今は少子化問題もあり千代田区の学校は統廃合を繰り返してきました。町会も同じことだと思います。昔は働く人と住む人の割合がほぼ重なっていましたが、今は九十七パーセントが企業市民という現状の中で町会活動を継続しなくてはならないのです。もはや、企業との連携なしで町会など成り立ちません。企業は優れた専門職のエキスパート集団です。そこでは個人で扱う何倍ものお金が動いています。経済的能力を備えた企業がコミュニティの構成員になることはとてもプラスになります。私の町会では、企業側からの事情を勘案した取り組みをすることを心がけています。
 それから、国友さんのように千代田にお嫁に来られた方々が集まって「お嫁さんフォーラム」を開いてみてはいかがでしょう。一日も早く肝っ玉母さんになっていただき、街を仕切っていただきたいですね。そのためにも早いうちにネットワークをつくって欲しいです。
高山 さて、福澤さんは丸の内の町会長もお勤めのようですが、丸の内の企業人と神田の人達が一緒に出来る事とは何でしょうか。丸の内の方から神田へ来ていただくにはどのような交流が可能でしょうか。
福澤 個人レベルでは神田祭などを通しての交流はあるでしょう。
 現在、丸の内に託児所を作ろうという話があります。しかし、丸の内に通勤する人がどうやって満員電車の中で子供を連れてくるのかと想像すると、これは大変危険なことです。ところが、もし神田に住居があれば話は別です。神田と託児所を結ぶ循環バスが走ればより合理的です。都心回帰と叫ばれていますが、都心に住む利点はやはり時間を有効的に使えることです。そのゆとりから地元との交流も芽生えてくるでしょう。代々人が住み続けている街にニューカマーがすんなりはいることは簡単ではありませんが、ニューカマーの価値観の違いも大きな心で見守っていただければと思います。イベントもいいでしょうが、焦らず、地道に交流を深めていくことが大切なのではないでしょうか。
高山 そうですね。もっと分かりやすいのは、丸ビルにお勤めの方に神田に住んでもらうことでしょうか。
坂本 今後ますます、町会組織がものすごく大事になってくると思います。今までは企業があってそこに人が加わってコミュニティが築き上げられてきました。しかし昨今の経済状況の中、企業は利益のためにはどうしても人員削減をし、工場を縮小しなくてはなりません。企業ばかりに依存していては街づくりは成り立ちません。そこで中心になるのが町会組織なのです。そしてそこにはリーダー的存在が確立されていること。そしてアイディア、さらに団結の三つのポイントが生きると、自立した街づくりを可能にしていくと思います。そして企業市民もこの活動に参加していく姿勢が大切です。私はかねてより千代田区住民になりたいと考えています。二、三年のうちに神田に引越しをして海外から見えた友達に神田の老舗の味を紹介したいと思います。
多様性のある神田を一市民(一志民)として楽しんでいきたいと思います。
高山 頼もしいお話をありがとうございます。国友さん、お嫁さんフォーラムの提案がありましたが、いかがでしょう。
国友 それもいいですね。できればお嫁さんに限らず若い人達のためのフォーラムがあるといいですね。千代田区にお住みになると高校までの進学はご安心ください、というようなピーアールをしてもらいたいです。
福澤 私共に進めている丸の内の再開発には三つのキーワードを掲げています。一つ目は「オープン」。世界に開かれた街であること。二つ目は「インタラクティブ」。丸の内に集まってきた人達の交流。三つ目に「ネットワーク」。交流しやすいようにインフラを整備する、です。その根底にあるのは「世界の中の日本」。つまり「世界都市東京」が認められないと日本は沈没してしまうという危機感があります。小泉内閣が掲げる都市再生も重大なことですが、千代田区が再生しないと東京は再生しませんし、日本再生にも繋がらないでしょう。私達は百年以上も前から丸の内を開発してきました。しかし、丸の内だけを世界的水準に合わせた開発をしても意味がありません。経済的にはアジアの中心でも、生活全般を考えるとシンガポールがいいという外国人の意見もあるように、東京全体が魅力的で住みやすい都市へ向っていかなければならないのです。そこで「神田はおもしろいぞ!」という街づくりを共に進めて行けたらと思います。
堀田 スケルトンも出るの町会活動方式を取り入れてみてはいかがでしょう。骨組だけは用意しておいて参加したい活動だけ参加するという仕組みです。町会活動はどちらかというと正月から大晦日までベッタリした付き合い方になっています。義理もあるのでしょうが、最低限の部分は参加してもらい、あとは出たいところだけ顔を出す気軽さが必要かもしれません。
 以前都心居住に関するワークショップをおこない、利用できるものは共同利用したり、お互いのライフスタイルを身近なところから無理なく変えてみることで以外に簡単に都心居住を楽しめることができると分かりました。都市再生は都心居住回復が必須条件です。住民回復だけでなく、良好な街を維持し発展させるためには人が必要だとうことにもう一度注目していただきたいと思います。
高山 とかく都心に住むことは人間関係が希薄になってしまうのではないかと思われがちですが、むしろ、都心に住む幸せを見つけていくこと、アメニティを共有していく時代であるということを、今回のディスカッションの結びの言葉とさせていただきます。
ありがとうございました。



「都心に住むことの幸せをもっと共感していきたい」高山 肇氏
「千代田が再生しないと日本再生とは言えない」福澤 武氏
「スケルトンモデルを町会活動に採り入れてみては」堀田康彦氏
「企業に頼らない自立した街づくりが大切」坂本恒夫氏
「若い人達との交流の場をもっと盛んに」国友綾子氏
パネリスト 福澤 武 坂本恒夫 国友綾子 堀田康彦 
司会:高山 肇
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