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KANDAルネッサンス 58号 (2001.07.25) P.13 印刷用
我ら神田っ子20

杉森三陽堂 二代目 森本潔さん


 錦華通りは大通りからちょっとはずれるせいか、周囲を眺めながらゆっくり歩くことができ、そこからは部活動に励む学生さんの声や小学生の楽しげな笑い声が響き、都心の喧噪から逃れられる一瞬でもあります。静けさの中にも人々の活気を感じさせる猿楽町二丁目に日本の工芸美のひとつ「箔押」の技術をかたくなに守る家族を訪ねました。

日常生活に身近な箔押し
「今、化粧品ラベルの箔押をしているところですよ」と、にこやかに話す二代目森本潔さん。熱版に金型(箔版)がセットされたドイツ製の大型機械が、大きな音を出し始めたかと思うと、ラベルシールが次々に流れこみ、温度約165度で圧を加えられる事により箔押されたシールが出来あがってくるのです。箔押できるものは、小さいものではシールやラベルやチケット、大きいものでは大型出版物(美術書)などまで、大きさや用途に応じて機械を使い分けて行います。
「物づくりへの興味もあってこの仕事を継ぎました」という森本さん。もともとは都内の図書館に勤務。そこで出会った奥様との縁で箔押業の道を選び、さらに、難関と言われる国家検定の「製本一級技術士」の有資格者でもあります。「我々は縁の下の力持ち的存在。あらゆる材質に対応した箔を用意することが私の仕事です。ですから材料を用意していただく方々とのご縁は大切です」。

箔押は工芸品
 最近ではボールペンのボディや名刺などに簡単に箔押ができ、意外にも身近なものとして浸透してきています。しかし20年前は11社あった神田の箔押業社は、現在2社だけ(ただし東京箔押共和会登録会員中)。読者層の減少に伴い新刊の発行部数が減ったこと、また再版が減ったため、箔押の仕事が激減したのです。また低価格競争に伴い表紙やカバーに箔押が減るという決定的なダメージが降りかかってきたのです。「本づくりは、文化産業です。誇りに思います。出版社に程近いこの仕事場には苦楽を共にしてきた人々もたくさんいらっしゃるし、この地を離れることなど考えられないですね」と二代目。
 神田美土代町にあった箔押業で修行を積んだ初代杉森実さん(明治43年生れ)が、神田小川町にて創めたのが昭和15年。猿楽町に移転してから半世紀近くなります。「お得意さんを大事にして、無理に稼ぐことなどするな」という初代の考えは、今も二代目にとって一番の支えになってきます。
 扱う商品は幅広く、教科書から文学・専門書などバラエティーに富んでいます。その中でも最も難しいとされているのが出来箱への箔押。すでに出来あがっているブックケースへの箔押は、紙にする箔押とは全く異なる感覚と技術を要します。まさに重要書類に最後の印鑑を押すようなもの。失敗は許されません。全体からみたバランスと均一な作業が求められます。都内でも出来箱に箔押が出来る業者は3社しかないと言われています。
「長くやっていますと、作っている途中で出来不出来が分かってくるものです。自分の仕事が100%完璧な状態で仕上がった時、何よりも充実感を感じます。そしてその本が本屋さんに平積みされているのを見て更に充実した気分に満たされます。これも、あれもが私が手がけたものだって、隣にいる人に伝えたくなっちゃうんです」。書店は潔さんにとってはギャラリーなのです。「しかし、最近は本が売れていません。これは何とかしなければなりません。どう考えても今は低コストの物づくりが優先されるのです」と、口調を強める潔さん。箔押という工芸技術を衰退させないために何をすべきか。時代が変ろうとも神田に住んで仕事ができれば、やれるところまで続けたい、それが潔さんの願いなのです。

町を守る意識
 潔さんは仕事の傍ら消防団員として防災活動に積極的に参加しています。「神田は祭りもあるおかげでしょうか、自分たちで町を守ろうという意識がとても強いですね。結束力があるのでしょう。私の行動範囲は消防団に入団してから格段と広くなり、また濃くなりました。町のイベントに行くとほとんど顔見知りです。すべては消防団から始まっているといっていいでしょう。感謝しています」。潔さんは、猿楽町・神保町・西神田・三崎町・駿河台合同の「神田第一分団」の団員。現在団員46名、最近は女性団員も増えています。
「縁あって私は神田に住み、仕事をしているわけですが、町のことは町の人達でないと分からないことがたくさんあります。独り暮らしの方の消息や身体の具合など、周囲が心がけなければ実際災害に遭った際、助かるはずの生命を見逃してしまうことも考えられます。仲間意識を高めることこそ何よりの消火剤なのです」と潔さん。今後は若い層の団員を増やして地域から更に任される存在になっていきたいと語ります。
「きっと、自分の性格は神田の気風と似ているのかもしれません。職人気質なところも、それからお世話好きのなところも、ね」。優しいまなざしの向こうに、強い信念を感じる二代目です。




森本潔 杉森三陽堂二代目 
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