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KANDAルネッサンス 58号 (2001.07.25) P.6〜7 印刷用

特集 関東大震災から学ぶ

万世橋駅の栄光を再び・・・
夢をかけた三角地帯

『神田まちなみ沿革図集/思い出地図』より
復興事業により神田には活気が戻ってきた。そしてその活力を町に求めた。
かつて交通の要所として盛えた万世橋駅(明治45年に開業)界隈は、流通の交差点でもあり、神田っ子の誇りでもあった。
そこで注目されたのが、昭和通りと大正(靖国)通りが交差する岩本町交差点である。
復興事業では、拡張工事によってできた三角地帯は和泉橋公園広場として緑地帯を設け、また沿道には木を植えるなどし、第二の万世橋駅を誕生させた。
しかし、戦後はこの栄光も続くことはなかった。

昭和10年頃、衣類の町岩本町の賑わい。
玉突き(ビリヤード)が流行り、停留所そばにあった衣類中央市場ビルの上にはダンスホールがあり、喫茶店が盛んになり始めた。
路地では縁日がおこなわれ、植木屋や寿司屋の屋台が並んだという。


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