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神田資料室

KANDAルネッサンス 55号 (2000.10.25) P.12 印刷用
我ら神田っ子17

武蔵野書院 四代目 前田智彦さん


 大手町に程近いせいか、オフィスタウンとして日々その姿を変えてきた神田錦町界隈。整然と建ち並ぶ大型ビルの隙間の其処かしこに、幾世代もの時を経て育まれた、静かな息遣いを感じることができる。その一角にある出版社、武蔵野書院。本の街、神田の歴史とともに歩み続けている。

出版やるなら神田で
 大正8年。前田信(本名藤八)が高田豊川町(現文京区目白台)で創業しました。創業当初は古書籍を主に扱っていたようですが、後に出版を手がけるようになり、当時書籍の取次が集中していた(通称神田村)神田錦町に昭和23年に移ってきました。神田で店を構えることは創業以来の夢だったと聞かされています。
 専門は国語学、国文学の研究書です。もっぱら学者の方々や学校相手の書籍になります。年間10〜15点ほど新刊を出していますが、なかでも季刊雑誌『国語学』は、55年のロングセラーです。我々の使命は、著者が永年積み重ねてきた研究の成果を忠実に世に伝え示すことにあります。これは創業以来不変のポリシーです。

出版業のゆくえ
 戦後は、紙が不足していたため、本を出すことがとても大変な時期でした。なかなか手に入らない、まさにお金と同じくらい貴重なものだったので、当時の出版業界は売り手市場。取次店が駆け込んで来るや否や、「何でもいいから、売ってくれ」ってせがまれるほどでした。
 しかし、現在はまったく逆の買い手市場。読者の好みを掴むことが売れ行きに影響しますから、いかに売れる本を送り出すか、センスが物をいいます。しかもとてもストレートにね。
 某大手出版社の資料によると、明治初期は年間数点新刊を出版していたのが、今では月間20点ですから、市場のニーズに応えるために出版業界も厳しい時代に突入しています。
 また、インターネットをはじめとするよりスピーディなダイレクト販売も普及し始めています。我々版元にとって直接読者の顔が見えるという利点や、読者にとってはいちいち書店まで足を運ぶ手間が省けたりとよい点も多いですが、反面、書店での思わぬ本との出会いや、永年捜し求めていた本を見つけた時の喜びなど、本を手にする時の楽しみの一片が失われもします。今後この厳しい時代を勝ち残っていくには、読者の立場に立った流通システムを、いかに創造していくかということも視野に入れていかなければなたないでしょう。
 私の住む神田錦町界隈は、“Eトレードのメッカ”と新聞で紹介されました。インターネットでの株式売買を扱う会社の進出が多いそうです。昔ながらの書店が軒を連ねる神保町と最先端の情報取引が活発に行われている錦町界隈。一見両極端に見えてしまう環境がどう融合していくのか、今後の出版業界を占うヒントが隠されているような気がしてなりません。

実りつつある次世代パワー
 ご多分に漏れず神田錦町界隈の住人も減少の一途をたどっています。だけど神田ッ子の心意気というか、何かの折にはピシッと息が合います。冠婚葬祭をはじめ色々な行事の際も、「何かすることない?」とそばにいてくれる。また、自分達一人一人がその場で何をしなければいけないかということが体に染み付いているので実に手際がよい。そんな時「ああ…やっぱり俺は神田に育てられたんだな」と実感します。また、住民減少の中唯一の救いは町の若い衆の台頭です。祭りを仕切ることができれば一人前だと言われますが、只今猛特訓中といったところでしょうか、祭りを重ねる度に呼吸を一つ一つしっかりと身に付けているようで頼もしい限りです。
「神田の良さとは?」問われて一言で答えるのは非常に難しい。日常の買い物にも不便だしね。ただお祭りを通して知り合った在勤サラリーマンはこう言います。「こんなにお祭りの中心になって楽しめるとは思わなかった。頭で考えてたよりもずっと敷居は低かった」と。高齢化を迎える昨今、にわかに古典文学見直しの風潮があります。今後の事業の展開として無視できない市場になりそうです。21世紀の初頭には小社も創業百年を迎えます。鶏口牛後。神田ッ子の血が騒ぎます。




前田智彦 武蔵野書院四代目 
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