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神田資料室

KANDAルネッサンス 55号 (2000.10.25) P.2 印刷用

特集 そろって現役、家族三代!
神田っ子商人ここにあり!

患者も三代続いて通ってる!?
佐藤歯科医院

創業昭和12年 内神田3-22-4

 神田駅近くのビル4階の佐藤歯科。
「歯医者は“歯科医”だから4階なんだよ」
と笑う二代目の敏郎先生は古い資料と共に初代のことを話す。初代が昭和12年に開業した当時、町の歯医者さんは風呂上がりに一杯ひっかけて手ぬぐいを肩にかけて来る人もいたくらい、身近で親しみやすい存在だったらしい。
 開業した鍛冶町の診療所は空襲で焼けてしまったけれど、初代は何度も神田でまた始めようとして、現在の内神田に落ち着いた。初代がどんなことがあっても神田へ戻って来たかったのは、親身になって助けてくれる友達も多くいたし、なにより初めて所帯を持った土地だからだろう、と敏郎先生は言う。
 明るく良く話す敏郎先生は、患者さんに病状やこれからの治療方法を細かく説明する。そのほうが患者さんは、自分の病気に不安無く向き合えるし、歯は痛くても処置しなければいつまでも治らないから、患者さんも治そうという意欲が出てくるのが重要。自分が患者だったらこうしてもらいたいことをするそうだ。
 今年大学を卒業し本格的に三代目浩司さんが加わったが、浩司さんはそんな初代、二代目を見て良い、と思えるところはどんどん見習い、また新しい技術を導入して行くつもりだと言う。そして医者側の理想と患者側の理想(わがまま?)との狭間で治療をする。それが”町の歯医者さん”の役目だと思うから、と浩司さんは話す。
 二代目が初代と診療所を始める時に譲ってもらったように、いずれ三代目に譲る時が来るだろうが、このアットホームな雰囲気は敏郎さんも無くしたくないそうだ。
「お互いの考えを合わせ上手く融合させることが大切なんです」。


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