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KANDAルネッサンス 44号 (1998.01.20) P.4〜5 印刷用

特集 次代へ継ぐ味

その2 和泉橋地区編

「その昔、お玉さんがいたこの界隈には上野の池より大きい池があったとさ」
昔 むかし・・・
 今は去る約九百年の昔、奥州街道の隅田川寄りに桜ケ池という池があり、その池畔にお玉という美しい乙女が茶店を設け、旅行く人に渋茶をもてなしていました。あまりの美しさに多くの旅人が心魅かれた中に、とりわけ恋情を燃やした二人の青年がいました。しかしその二人、顔形が全く瓜二つ。お玉は思い惑ったあげく、遂に桜ケ池に身を投じてしまいました。人々はその心情をあわれみ池畔に祠を建て、お玉稲荷と称えました。それ以来、誰いうとなくその池をお玉ケ池と呼ぶようになったのです。

お玉稲荷神社 
 江戸時代後期から幕末にかけて、この界隈には儒学者や漢学者が居住していました。この界隈は江戸の学問の中心地のひとつ。岩本町2丁目


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