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KANDAルネッサンス 38号 (1996.07.20) P.2〜3 印刷用

特集 秋葉原 現在・過去・未来

電気の先取りは、時代の先取り

 昨年夏、ソーラーカーでのアメリカ大陸往復の無事完走を果たし、更なる期待がかかる東京電機大学工学部電子工学科の藤中正治教授。今や世界のソーラー電気研究の第一人者である先生には、秋葉原なくしては語れないたくさんの思い出が詰まっています。
大自然が生んだ秋葉原少年
 私は山口県岩国の生まれで、大自然の中で少年時代を過ごしました。そのおかげでしょうか、とにかく物作りが好きで、よく遊び仲間に作ってあげたものです。中学生時代は東中野に住んでいましたが、このころから秋葉原との付き合いが始まりました。時代は戦後、米軍製品が格安で手に入ったころです。
真空管の数だけ世界が広がる
 今と違って当時は電気部品を扱う店ばかりでした。お小遣いを目当ての部品のために貯金してある額になると秋葉原へ飛んでいきました。しかも秋葉原へ行くにも電車賃惜しさがために、往復20キロの道のりを歩いていたほどでした。ちょうど日本にテレビが上陸した翌年(昭和28年)に一人でテレビを作りあげましてね、近所中大騒ぎになり噂を聞きつけて遠くは杉並区かた駆けつけた人もいました。とにかく、真空管を一本増やすだけで世界が広がる感激があるんです。徹夜したアンテナで地球の裏側の声をキャッチした時は、物作りとしての歓喜で一杯になっていたものです。
21世紀は太陽電池の街
 少年時代の経験(山口の大自然)と物作り好き(秋葉原での経験)からとりこになったのがソーラー電気の分野なのです。私は21世紀を「光産業の時代」とし、太陽電池の時代と考えています。いずれは秋葉原に太陽電池商品が並んだり、電気の供給所(エコステーション)ができたりするでしょう。これからは、いかにエネルギーを作るかメーカーが考え、それを商品として売る時にきていると実感します。21世紀の秋葉原を上空から見ると、まるで植物が生い茂るように太陽電池が生い茂る街になっているかもしれませんね。


藤中正治 東京電機大学工学部電子工学科 教授 
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