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KANDAルネッサンス 38号 (1996.07.20) P.1 印刷用

特集 秋葉原  現在・過去・未来


 海外42カ国旅したことのある商社マンの話しによると、外国での日本のイメージは以前は『fujiyama, geisha……』だったが、今は『akihabara』をよく耳にするという。多分電気製品やカメラといったぐあいに、大陸の奥地へ行っても日本製品が溢れている証拠ともいえるだろう。また、来日した外国人が真っ先に訪れるのも『akihabara』なのでそうだ。
 戦前、秋葉原周辺は都電の終着駅だった須田町そして甲武鉄道の万世橋駅を利用する人々が集まる交流ポイントだった。そこへ徐々に電気屋が集り始め戦後は、日本経済の高度成長に合わせ『電気の秋葉原・家電の秋葉原』へと躍進した。なんといっても電気のプロが集結していること、そしてメーカーが競いあって開発したハイテク商品を逸早く店頭に並べ、お客に夢を与えてくれることこそ秋葉原の色であったとある懐かしむ声を聞いた。
 またある所では、秋葉原はチャレンジ精神旺盛で変化を恐れない街だという頼もしい声もある。それは秋葉原がそれまでの家電からパソコンの街として急成長しているところにあるだろう。一方、先の商社マンは、「パソコン商品合戦だけでは、電気街本来の付加価値(電気のプロに逢う興奮と満足感)が薄れてきている」と憂いている。さてはて秋葉原はどんなところなのか、早速歩いてみた。


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