KANDAアーカイブ

神田学会
お知らせ 神田資料室 神田マップ 神田写真館 百年企業のれん三代記 神田の花咲かじいさん 出版物紹介 神田学会とは 神田学会資料請求 関連リンク Perspectives in English 神田アーカイブとは リンクについて 問い合わせ

神田資料室

KANDAルネッサンス 37号 (1996.04.20) P.4〜5 印刷用

特集 神田祭

『神田祭・よそもん(よそ者)の担ぎ手』

よそ者が神輿を?
「それでしたら、ついでに神輿も担いで勉強していってください」といわれたのは、2年前、東京滞在のため神田の旅館に宿泊予約を入れたときであった。当時、京都でコミュニティについて論文を書いている最中、東京の現状を見学するためにの滞在でたまたまその日が神田祭りの日であったのだ。最初はそのご親切も私にとって少し照れ臭いものであった。
 当日、チェックインと同時にハッピの袖通しと足袋のサイズをあわせがあった。背中には町会菜名、胸には旅館の主人の名前が刺繍されている。短パンは持合わせていなかったが、近くのスポーツ用品問屋に走り準備完了。「1日会員」の私も町の人に仲間入りしたような気になった。
町会名を背中に
 宵、神輿は出発した。ところが緊張して、なかなか掛け声が出せない。気づくと後の人はどうやら女性で掛け声も大きく威勢よい。それに気づいてからは、照れ臭さとともに、「前のやつ男のくせに元気ない」と思われはしないかと、よけいに小さくなってしまった。が、汗が出はじめると、もう自分の町の神輿であるかのように図々しくなり交替を拒むようにもなった。夕暮、少しずつ灯りはじめた町や商店の電灯が心地よくあたり、まるで我々と神輿をライトアップしているかのようであった。
ビジネスマンの運動場
 交替したくないのに、もう休憩。一服して初めてある疑問がわいた。先の女性にしても人口減少の激しいこの町に、なぜこんな若い神田っ子が大勢いるのか。なぜ関西弁・東北弁も聞こえるのか。同じハッピを着ているゆえに仲間意識もありたずねてみた。「今年、うちの支店がこの町内に移転してきたんですわ」、関西弁が返ってきた。神田っ子と思っていたが、なんと私と同じであった。世界に名が知れている屋号も少なくこの町に事業所をおく大企業の若きビジネスマンたちが町員として頑張っていた。この心意気が学生の私をも仲間に入れてくれたのであろう。祭りはまるで「企業人の運動会」のようであった。だが、この集団は企業対抗のためではなく、共通意識は同じ町で生活しているという集団である。そのビジネスマンたちは最初はためらっ田らしいが、今や「職場コミュニケーションができストレス発散、これで鋭気を養う」、「地域に愛着ができた。町内の人と顔見知りになれた。」と話してくれた。
まちに増えるあいさつ
 ある役員の方が、「いつも祭りがおわると、企業人のマナーがよくなり、町に挨拶が生まれ、ポイ捨てもなくなり、町がきれいになる」と話してくれた。地域に愛着をもち、まちを思いやる気持ちが生まれることは、次の祭りだけではなく、神田のこれからに大きな影響を与えることであろう。


ページの先頭へ

戻る

ホーム ホーム