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神田資料室

KANDAルネッサンス 36号 (1996.01.20) P.4〜5 印刷用

特集 さくら通り お店紹介

ブラジルレストラン ムイト・ボン
 店内の白い壁に手作業で貼め込まれた石模様と賑やかな笑い声を見つめるライトが通りを明るく照らす陽気なレストランを発見。2年前に開店したムイト・ボンは神田唯一のブラジルレストラン。

何てたってシェラスコが大人気!

「長い串に刺さった手羽元やスペアリブを目の前で見事に捌く所を見たいのならシェラスココース(2,900円)がおススメ。当店の一番人気です」と澤谷茂伸副店長。また澤谷さんが勧める料理はフェジョアーダ(黒豆のシチュー1,100円)そして辛口好みの方にペイシェアオモーリョ・デ・カマロン(白身魚のソテー、小さエビソース1,200円)がお酒をよりおいしくしてくれます。お酒は勿論ブラジル産赤ワインのサンタコリーナカベルネソーヴィニョンが肉料理と愛称(相性?)が良く女性客にも好評です。そしてポン・デ・ケージョ(ブラジル風チーズパン300円)は何もつけずに食べるのがオツ。サトウキビを蒸留したお酒ピンガ51(400円)やそれをベースにしたカクテル、カイピリーニャ(800円)があればもうすっかりブラジル気分を味わえます!
 そしてもう一つおススメなのが、プジン・デ・アメンドン(ピーナッツ味のプリン600円)。ケーキのような一品はデザードメニューの中の一番人気です。

ほどよい辛さがうれしい
「とかく辛いというイメージが強い料理ですが、料理自体の味つけは辛くありませんのでご安心下さい」とのこと。肉料理や揚げ物にかけるドレッシングが少々辛いだけでお好みで加減できます。ランチメニューはボリュームがあって900円からとは、男性客にもきっと満足できるはず。気軽に立ち寄れるシンプルで落ちついた店内も魅力です。「ムイト・ボン(Verry goog)!」と言わずにはいられません。ぜひお試しあれ!
神田神保町2-1 神保町岩波ビル別館2F 
尚美堂
 数多くの美術書や今や歴史的史料として付加価値が高い軍隊や皇室ものの絵はがきなどの印刷まで手掛けてきた尚美堂の90余年の歴史は、まさにさくら通りとともに歩んでといえるでしょう。

焼けなかったさくら通り

「戦時中、この通りは皆でバケツリレーで戦火を消し合ったんで焼えずに残ったのです。戦後は、この通りは東洋キネマのおかげでものすごい人通りで大賑い。解体後の今は歯抜けのような状態になってしまいちょっと寂しいですね」と当時を振り返る3代目田中早苗社長。氏によるとさくら通りの街づくりのキーポイントは東洋キネマ跡地の活用法次第だという。バケツリレーで通りを守った先代達の街への強い愛着心が田中さんの心の中で確かに生きています。

「さくら」の命名者とタウン誌
「その昔、明治時代の頃のこの通りは、靖国神社への通り道で現在の靖国通りのような賑わいぶりでした。そこで戦後、区教育委員でもあった2代目貞三は、いにしえの通りを忘れまいと九段の桜からこの通りを“さくら通り”と名付けたのです。」と田中社長。また現在氏が発行人を務めているタウン誌「かんだ」は、貞三さんが神田が新しい街として飛躍すべく手段にと昭和37年に発行開始したもの。現在140号を越え、神田唯一のPR誌として江戸っ子の心意気を伝え続けてます。
神田神保町2-23 
救世軍本営
 さくら通りの門番歴70余年—そんな歴史の重みを感じる救世軍のビルが、ちょうど通りの玄関口に建っています。

日本の福祉の先駆者 山室軍平と救世軍

 1865年、イギリスで創立した奉仕団体「救世軍」が日本に上陸したのは今から100年程前の明治28年。当時の宗教家山室軍平は、その精神に心打たれ即従軍し、日本救世軍の発展に尽力を注ぎました。様々な奉仕活動の中でも廃娼運動はあまりにも有名。また結核療養や貧困者療養といった社会事業活動は、現在の日本の福祉の基盤を築いたといえるでしょう。
 大正8年に神田に本営を構えて以来、奉仕活動はますます幅を広げ、街頭給食活動や災害地への援助・派遣をはじめ、今や活動拠点は世界102ケ国に渡っています。

みんなの心のほかほか鍋
 年末慣例になっている街頭募金「社会鍋」は、遡ること1894年不景気の真っ只中だったアメリカサンフランシスコの救世軍が「クリスマス・ケトル」という愛称で街頭に船員キャンプ用の黒壺を立てたのがはじまり。日本には明治42年に伝えらえ失業者救済対策の募金集めとしてスタート。これが歳末助け合い街頭募金の元祖となりました。
神田神保町2-17 
大丸焼き茶房
 あんとカステラ生地の甘いかおりが道行く人の鼻にとまり、目にとまり…。店内には焼きたての大丸焼きが所狭しと並んでいます。

門外不出のあん製法

「うちの大丸焼きは素材が違う。だから出来たてより冷めてからが本当はおいしいんです」と2代目竹内章さんが断言するその秘密は、中味のあん。明治から続くお菓子職人の家で育った竹内さんが教わったことは、「どこにも負けない安くて、おいしくて自慢できる一品がなくてはならない。それで勝負するんだ」という先代の言葉。そこで30年前に作り始めた大丸焼き(120円)は、先代から受け継いだあん作り技術を忠実に守り、食品添加物を一切使用せずに最後まで自分の目と手で確めて作り上げた自信作。「最近は添加物の使用で味に個性がなくなっている。食べ物はすぐに答えが返ってくるだけに、毎日が勝負だね」と竹内さんのこだわりの味は、日頃便利さばかりを追い求めている私達の心に教えられるものがあります。

玉露ならなお美味しい
 もちろん店内は甘味を楽しめる茶房になっています。クリーム金時(550円)、クリームぜんざい(550円)、みつまめ(450円)など甘味好物の方には目が離せません。
中でも玉露と大丸焼きセット(550円)はおススメ。小ぶりのお盆の上に銀製のやかんと急須、湯呑みそして大丸焼きがセットになっています。玉露のやわらかくほの甘い香りが口の中で広がり、大丸焼きの上品な甘みを引き立てます。万古焼きの湯呑みと急須は特注で「屋号」の花押入り。「お客さんに喜んでもらえるものをと考えたら、こうなったんだ。せっかくお茶を飲むのならやはりここまで徹底しなくちゃ。」笑顔まじりの竹内さん。お菓子職人、ここに健在!
神田神保町2-9 
山形屋紙店
 出版業社が多い場所柄、紙屋は多かったという神保町界隈。時代の流れでその数は減ったものの117年も看板を守り続ける一件の紙屋がさくら通りにあります。

紙のカミ様、3代目

「60年もこの世界にいると、一目で何年もつ紙か分かるさ」と言い切る3代目田記穣さん。明治12年創業の看板を守ってきた秘訣は「太い儲けをしてはつぶれる。細くともまじめに続ける」こと。商売が好じて始めた趣味の植木は専門家も飛びつく珍しい草木を収集され、お店の屋上は植物園のよう。お店の隣にあるれんが作りの倉は大正時代初期にできたもので今なお現役。低温低室が紙にとってのベストコンディション。紙は生き物。そして時代と共に呼吸しています。

納め先は宮内庁
 取引先は公共施設や大手企業、デパートなどかなりの数。また古文書の補修や表具屋などは和紙が必須なだけにお付き合いの古いお客様ばかり。古いといえば、実は山形屋さん、宮内庁御用達の紙を扱う唯一のお店なのです。陛下の海外訪問用の名刺や封筒、晩餐会での演奏会プログラムなど紙に関することすべてを担当しています。
 お店の1階では和紙を中心に小物から表装用の紙まで豊富な品揃え。おススメなのは、「仮巻セット」(3,500円)。自分で簡単に表装ができ、お値段もリーズナブル。応用範囲の広い和紙だけに、オリジナルのアイディアを折り込めば更に和紙の美しさが引き立つことでしょう。見て、触って楽しめる和紙の魅力満店です。
神田神保町2-17 


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