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神田資料室

KANDAルネッサンス 26号 (1993.07.20) P.1〜4 印刷用

特集 特別寄稿「神田宣言」素稿素案

伊東敏雄  建築家

神田撩乱
 恐らく神田を蘇生させようといろいろな人が、いろいろなことを言っています。
 神田が優しい神田のまま、不滅であってほしい。これは何等かの形で神田とかかわりを持った人なら、みんなそう考えているはずです。そう考える人々を神田人と言っていいのではないでしょうか。
 そこで、神田についての提言の百花繚乱の中に、建築家としての提言を加えさせて頂きたいと考えました。
 建築家ですから提言は建築空間、都市空間についての「宣言」という事になりますが、町を作ってゆくのは神田人の皆様ですし、神田の町がどうなってゆくかは、入れ物をやたらに作ったからどうなるものでもありません。
 神田そのものがどうなるかが大切なので、建築なり都市なりは、それの手法、手段として成立するものなのです。
 まず中味ありきです。
 だから「神田宣言」でいいと考えました。
神田揺籃
 私には神田はみずみずしい生命力を持つ、胎児のように見えることがあります。
 これほどの可能性を持つ土地は、他に見当たりません。
 今、バブルの崩壊で悲惨な状況にありますが、かえってそこに新しい生命の誕生があると感じています。今、神田はその新しい生命の為の揺籃でなければいけません。
 神田の靖国通り、外堀通り、神田警察通り、中央通りに囲われた地域を取り上げて見ます。
 それを都市の中の都市ということで、コアーシティと表現してみたいと思います。
 その大街路に面する部分は、無味乾燥で無性格なビルが林立しています。ペンシルビルもあります。それが、私には「繭」のように見えます。中は「さなぎ」です。死んだように静かですが。実は未来に向けての跳躍を準備しているのです。
 その「さなぎ」の状態にあるのが、細街路に切り刻まれた中味と考えています。
 さなぎは美しい生きものに変態し、飛翔しようとしているのです。
 どうすればその変態が可能なのか、どうすればその飛翔を実現させてゆけるのか。そうした議論をする為に「神田コアーシティ研究会」を作ってみたいと考えています。
神田曼陀羅
 新しい宇宙をそこに作りたい。
 コアーシティの無限の可能性が、その「神田曼陀羅」を作ります。
 そこはかつて東京の中心だったはずです。
 そして今でも、その潜在的可能性をもっています。
 都市を成立させている三つの大きい要素があります。それは「交通」と「環境」と「情報」です。
「交通」の利便は、住んでいる人が一番良く知っています。ただそれがうまく生かされていません。
「環境」というのは、これからどう作り上げてゆくかという事ですが、地域冷暖房等の採用によって、無限の可能性を展開してゆく事が出来ます。
「情報」については、これは皆さんがあまり意識していないことですが、経済、社会、文化情報の情報の中枢として、これほど豊まれているところは他に見当たりません。
 何しろ政治の中心として「霞が関」に近いし、学問の中心としての「東大」に近いし、文化の中心としての「皇居」に近い。
 伝統文化の中心は「歌舞伎座」と「国立劇場」と「東京芸術大学」です。
 有楽町のこれから出来る「東京フォーラム」と九段の「武道館」は新しい文化の起点です。
 だからコアーシティは、これまでの青山、赤坂、麻布のやや外来文化模倣型の都市拠点を、麹町、九段、神田の未来文化創造型の都市拠点の方に移し変えようとするものです。
 3Aから3Kへというわけです。
 未来文化創造型の都市拠点は、知的及び感性的附加価値創造の為の中枢、つまり新しい型式の都市型知識産業の拠点です。
 それは、今廃虚になりかかっているオフィスを。しゃにむに積み重ねて行くことでは実現出来ません。
 新しい質の「すまい」、つまり「住」空間と高度化された「しごとば」、つまり「知」空間と、洗練された「あそびば」、つまり「遊」空間の重なり合い混ざり合った、生き生きした感性がわき出す場所でなければなりません。それが先程の「交通」「環境」「情報」の網の目の中で、自由自在な形態をかもし出す。それが未来文化創造型の「神田曼陀羅」のイメージです。
神田人倶楽部
 神田の神田人の為の神田人による「街づくえい」があり得ます。これがこの「神田宣言」のシナリオです。
 千代田区も住民、企業、行政の三位一体の街づくりが出来るとしています。その為に「街づくち協議会」や「街づくり公社」や「街づくり懇談会」を作って、いろいろな調査研究や審議を重ねて来て居ります。
「公共施設適正配置構想」や「住宅基本計画」等によって都市居住の誘導を前提とした、千代田区の活性化をいろいろと試みています。学校の統廃合の問題、住宅との複合都市の経済性の問題等への批判もあります。
 しかし、「街づくり」は中身が消失すれば全く意味を成しません。神田の「中身」が消失すれば、神田も消失します。しかも「中身」は消失しつつあるのです。だから神田人が結集しなければいけないのです。
「神田人倶楽部」を提案します。神田を愛する人々の集まりはいろいろあります。このKANDAルネッサンスとも関係のある「神田学会」もありますし、他にもいろいろあります。しかし、この「神田人倶楽部」は、本当に「街をつくってゆく」人々の集まりです。その為にまず、例えば「コアーシティ」のような提言をしてゆくことになります。いい街をつくってゆく為に、行政や企業に対して批判を加えてゆく事も大切なことです。しかし、さらに大切な事は、それなら「どうすればいいか」を示しつづけることです。「どうすればいいか」は体制のやる事で、市民は「それじゃ困る」と言いつづけていればいい時代は終わりつつあると考えていいと思います。
「これがコアシティ」に託した筆者の切なる願いなのです。
素稿素案
「神田宣言」はいろいろな人達とのいろいろな語り合いの中から、神田人の心からの「うったえ」として作られてゆく必要があります。
 この文章は、たまたま神田の「街づくり」にかなりの時間関わってきた、一人の建築家の「思い」を書き記したもので、「神田宣言」が生まれてくる「きっかけ」になればいいと考えるものです。
 住民から出された提言が、ただ「体裁」の為に使われる事は許されません。住民の同意できない三位一体はあり得ません。都市の「影」に「光」を当てるのが公共の「しごと」です。あるべき都市の姿を描き続け、そこに向けて都市がわずかずつでも変わってゆく事を不可能と考える事は、未来の神田人への責任回避です。
 どなたか「神田宣言」論、あるいは「反論」をこの「KANDAルネッサンス」に書いて頂けないでしょうか。


繭—まゆ
5階以上の建物。これはかなり時間機能させてぬく。コアーシティの繭である。蛹が変態し、飛翔して
ゆくとき、繭も次第に変容してゆく。
蛹—さなぎ
4階以下の建物。これはいずれ建て替えられてゆく。コアーシティの重要な資源である。ここに無限の
可能性がある。
蛹の変態
インナーシティとしての蛹の変態(メタモノフォシス)は、時として繭を突き破る。その力感が美しい。
繭の変容
繭は、その自体もゆっくり変容してゆく。そしていつかコアーシティ全体が新しい東京の感性を表象し
てゆく。
メタモルフォーシス
蛹が変態し、飛翔してゆくという事はそこに新しい華麗な自然が再生させてゆく事である。
神田曼陀羅
「知」民と「遊」民と「住」民があふれかえる。未来邑がそこにある、神田人の為の神田曼陀羅である。
インナーシティ
そこに人いきれでむせかえるような都邑を創造すること。新鮮な「枠の構造」を発見してゆくこと。

伊東敏雄 建築家 株式会社山下設計常務取締役 千代田区街づくり協議会 神田公園地区会長
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