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KANDAルネッサンス 19号 (1991.10.21) P.1 印刷用

特集 街の魅力の発掘と未来

神田駿河台学生街 その6 駿台予備学校

 駿河台予備学校と言えば、予備校としてあまりに有名。「東大・京大へ入るならまず駿河台予備校へ入るべし」そんな合言葉が学生の間でかわされる。その駿河台予備学校が神田駿河台を中心に7つの校舎を構えていることを皆さんはご存知だったでしょうか。
 また、予備校だけでなく、大学から幼稚園まで総合学園として発展する駿河台学園をご紹介しましょう。
73年もの歴史があった
 
 駿河台予備学校の前進である東京高等受験講習会は大正7年、山崎寿春によって創立された。
 山崎寿春は明治35年、東京外国語専門学校(現東京外国語大学)を卒業し、その後アメリカのアーマスト大学に留学、さらにエール大学大学院で英語学・英文学を修めた。
 帰国後、各大学で教鞭をとったが、当時官立(エリートコース)を目指す学生が多かったためか、受験勉強で心身を消耗する浪人生が多く、その姿に接して深く憂え、知識や能率的な教育法による才能の開発を目指そうと本学園を創立したという。
 その後、昭和5年に「駿河台高等予備校」と改称し、東京府より各種学校として認可され、昭和27年には、「学校法人駿河台学園」と改組した。それからの学園のめざましい発展は次のとおりである。

 昭和29年 JR四谷駅至近の地に駿台予備校四谷校舎を開設。
 昭和35年 西校舎を新築し、それまでの駿河台校舎を東校舎と改称。
 昭和45年 姉妹校として駿台電算専門学校を開校。
 昭和46年 京都に京都駿台予備校を開設。
 昭和49年 駿河台地区に本部校舎を開校。
 昭和53年 姉妹学園駿河台アカデミー学園を創設。駿台アカデミー予備学校を開設し、私大文系部科を設
       置すると共に、駿台ELS英語学院を併設。
 昭和55年 駿台予備学校と改称し、新たに市谷校舎を建設、またJR駒込駅至近の地に駿台トラベル専門学
       校を、大阪府豊中市に駿台外語専門学校を創設。
 昭和56年 駿台予備学校大阪校を大阪府豊中市に開設。
 昭和57年 駿河台地区に南校舎を建設、私大文系部科を設置。
 昭和58年 提携校の新宿予備校が姉妹校となり駿台新宿予備学校と改称。
 昭和59年 JR大宮駅至近の地に駿台予備学校大宮校を開設。
 昭和62年 駿河台地区の5号館を建設、また横浜校、池袋校を開設。そしていよいよ創立者の念願であっ      た大学創立を現理事長、山崎春之によって達成、埼玉県飯能市に駿河台大学(法学部を擁す)      を開学した。
 昭和63年 名古屋市中区丸の内に、駿台予備学校名古屋校を開設。大阪市に駿台法科専門学校を、駿河台
       地区に駿台日本語学校を創設。 
 平成元年  駿河台地区に7号館、JR八王子駅至近の地に駿台予備学校八王子校を開設。また、関西地区に      京都南校・大阪南校を開設。 

 このような歴史を重ね、現在では全校の駿台予備校在学生は約3万人にのぼる。また、昭和62年設立の駿河台大学は、平成2年に経済学部を増設し、今年に入って大学院法学部研究科を設置するなど今や総合大学へと発展した。
 国際化・情報化の社会の中、時代に合った教育を、そして建学の精神である「愛情教育」を実践する駿台は、これからますます飛躍を続けることだろう。


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