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神田資料室

KANDAルネッサンス 16号 (1991.01.18) P.6〜7 印刷用
私説神田豊嶋町

神田探訪(5)

藤井康男

 日本は世界の中心になりつつある。東京は日本の中心で、神田はそのまた中心である。
 そんなたわ言をいうと、何を言っているかと笑われそうだが、実際に世の中の流れはそうなりつつある。
 徳川時代から多くの文人学者がここに住み、湯島の聖堂という儒学のセンターが置かれ、のち蕃書取調所が設置されている。
 杉田玄白・前野良沢・高野長英等によるオランダのターヘル・アナトミアが解体新書として出版されたし、平賀源内等による物産展も神田で開かれた。
 後に多くの大学ができ、神田書店街は、日本のインテリジェントセンターになる。現代でも、多くの出版社・書店・印刷会社がひしめき、世界一の翻訳国であるから、世界中の本がすべて一番早く手に入る。
 文化都市、京都でも、新刊書は一週間以上経たないと手に入らない。
 私にとって神田が魅力的で離れられない最大の理由は、ほしい本がすぐ手に入るということである。本屋には毎日行く。書評や広告で見た本は、二、三軒本屋をまわれば必ず手に入る。神田は、昔とすっかり変わり、又変化し続けるであろうが、その点だけは、当分安心していられるのは嬉しい。新刊書や古書を求めて日本中から人が集まる場所なのである。本好きにはたまらない街なのである。神田の本屋には特色がある。

 近頃の日本の出版事情は混乱の一語に盡きる。本が多すぎる。一日の出版点数は専門書まで入れると何百点になるであろう。雑誌やマンガ、週刊誌まで入れると大変な数である。
 従って欲しい本をさがすのは大変で、書店に出ると一週間で消えてしまう。ベストセラーなどという下らない商法のおかげで、本当に内容のある良い本が出まわらない。よって本屋さんも不勉強になる。先月ある新刊書を新聞で知り、たまたま出張に行く日だったので、東京駅の近くの本屋を四軒歩いたが全く置いてない。大新聞の書評に出た本を中には知らない本屋がある。「置いていません」という木で鼻をくくったような返事である。
 だいたい小売りというものは品ぞろえが生命である。よほど妙なものを頼んだのなら別だが、当然置くべきものが無いのに、「すみません」どころかこちらが悪いことでもしたような返事である。
 ブックセンターへ行けば多分あったであろうが時間が無かったし、私は大体巨大な書店にはいかない。あまりにも広すぎて大きすぎ、どこへ行ったら良いのか、特に急いでいる時は入る気がしない。
 ところが神田の書店はそうでなはない。たいてい本にくわしい人が一人はいて、相談に乗ってくれる。在庫が無い時は、恐縮し「お取り寄せします」と言ってくれる。
 誰でも行きつけの店というのはあると思うが、本好きにとって書店というものは、メッカでありオアシスであり無くてはならないものである。

 戦前の神田の古書街は、今の大型店はほとんどなく、中型小型の本屋が並んでいた。そして、どの店も何かの特徴があった。法律・医学・哲学などの専門の看板を出しているところも少なくなかった。そういった大分類だけでなく、それぞれの店が個性を出そうと努力していた。
 これが実は小売りの原点であり、哲学なのである。あれだけ多くの書店が一つの形を形成し、目白押しに並んでいてよく商売が成り立つものだと誰でも思うに違いない。あんな町は日本中、いやひょっとすると世界中にもないかもしれない。何か一冊の、例えば歴史書をさがしに行ったとする。はじめに尋ねた専門店で見つからない時は、店主に尋ねると次のような言葉が返ってくる筈である。「ああそれは今なかなか出ない本です。先月も一冊お売りしましたが、たしかうちでも一年ぶりだったでしょう。特に再版の改訂版はなかなかきれいな品がないんです。心がけておきますが、○○堂さんと○屋書店をのぞいてごらんになるとひょっとしてあるかもしれませんよ」。まあこういったやりとりは神田ではあたりまえの風景であるから、当然全国から本好きが集まる。多くの学者、作家、好事家、コレクターが砂糖に集まるアリのように寄ってくる街なのである。
 一人か二人の作家の資料を引きうけるだけで店が成り立つ時代だったという。しかし、そういう時代は過ぎ去りそういう作家も司馬遼太郎さんが残るだけで、もう再び出ないだろうという。

 古書にまつわる面白いエピソードやストーリーは山程あるが、それはそういう専門の本があるので省略する。しかし、せどり師の話はまことに面白いので、ここにちょっと紹介したい。
 梶山季之氏の小説に、「せどり男爵奇談」という中篇がある。せどり師という商売があったそうだ。素人が古書店を開く時、たいてい蔵書家の遺品をゆずりうけ棚に並べる。しかし、本の知識がないからいいかげんな値をつけて売りに出す。そこへ一人の男があらわれ棚の本の背文字をずっと見るだけで次々と抜き出してまとめて買っている。すべてめずらしい稀覯本ばかりで、残るものは二足三文の駄本ばかりになる。
 こういうせどり師にやられたらひとたまりもない。もちろん、せどり師はこれでしこたま儲ける。素人にも眼のきく人はいる。本屋のおやじはもちろんプロである。せどり師はその上をいくわけだからプロ中のプロであろう。
 古書街には面白い店がたくさんあった。映画・演劇・軍事・音楽・和本・犯罪・風俗・禁書・私家版・豪華本・洋書などたいていの項目は筋と店とおやじがきまっていた。
 そして、そういうおやじさん達はだいたい変り者で、がんこで、下手な学者などは軽くあしらわれてしまう。しかし、一度気に入られると商売ぬきでとことんめんどうをみてくれる。
 だから、神田は日本中の専門家・学者・好事家が集まるところだから、食い物屋も凝っていて、安くて旨い店が多かったし、喫茶店もそれにふさわしい特色のある店が沢山あった。そういう店へ行くと、一種独特の雰囲気で著名な学者や作家がコーヒーをすすりながら、買い集めた本に眼を通しているのがよく見られた。川端康成や小泉信三や山本周五郎などの高名な作家や大学の有名教授や学者の顔をはじめて見たのはこういう場所であった。
 その他、画材屋、萬年筆屋、文房具店も当然神田にふさわしい面白い店ばかりで、街それ自体が一種の風格があり、一日歩きまわっても、毎日行ってもあきることがなかった。
 今やその街は急速に変りつつある。大学は郊外に移り、ビルが立ち若者めあての店がふえ、往時のカラーは色あせつつある。
 しかし、やはり日本一の本屋街であることに変わりない。こういった一種の商法は、古書だけでなく、神田の町の多くの商店が遠くから客を呼び寄せるキャラクターを持っていた。
 私はこころひそかに「神田商法」といったものが脈々と生き続けているのではないかと思っている。

 今、千代田区は昼間は百二十万の人口がありながら、夜間人口は四万人をきってしまった。ほかの土地のふつうの町ならば、とっくにゴーストタウンになり果てている筈なのに、神田は依然として活気に満ちた特別な文化のある町なのである。今や新しい町づくりの気運が盛り上がりつつあるのもそのあらわれではないだろうか。
 世界を歩いてみると、いろいろな町がある。文化の香り、亡びた遺跡、商法の盛んな町、美しい古都、メルヒエンのような町。しかし、出来上った美しい町は、亡びゆく姿である。人工的につくりあげた町は活気がない。歴史と文化がありながら、一方では建設、他方では破壊が絶え間なく続く町こそが本当に生きている町であることに気がついた。
 神田はまさに今そのような混乱と変化のただ中にある。郷愁を持つ人には、昔の方が良かったとしか考えられないが、実は生きて成長し続ける町は一瞬たりとも同じ姿をとどめることはないのである。変わるものと変わらないもの。
 年年歳歳花相似、歳歳年年人不同というように、人が町をつくり、住み、活動する以上、次々と若い世代が続くことが変化し続け生き続けることになるのであろう。
 しかし、人はそこに歴史を貫き、永久に不変なものをつくりたいとあこがれる。江戸以来、神田の心は変わっていないし、これからも変わらないのではないだろうか。




藤井康男 株式会社龍角散社長、理学博士
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