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KANDAルネッサンス 16号 (1991.01.18) P.1 印刷用

特集 街の魅力の発掘と未来

神田駿河台学生街 その3 東京電機大学

設立者は若き実業家
 東京電機大学は、一九〇七年(明治四十四年)に若き二人の技術者扇本真吉、広田精一の両名が、『工業教育の普及こそ国家発展の基である』との識見にたって私立電機学校として神田・錦町に設立したことに始まります。
 当時二人は、三十一、三十四歳でともに帝国大学工科大学卒業後、産業界で活躍中の青年実業家でした。明治四十年頃の我が国の工業界は、日露戦争後の好条件に沸いており、特に、電機工業界はその将来が予見されていました。しかし、この時点を捉えた創立者ふたりの卓越した先見の明と識見「国家社会に実際に役立つ技術者の養成」であり「将来、科学の総本山たらん」とする情熱と勇気がなければ、本学園の今日はなかったでしょう。
 開校当初の校舎は間借校舎で、幕でふたつに仕切った教室のほか、事務室兼講師室と受付室の合計四室。職員は扇本と広田のほかに、事務員が一人というかくもささやかな所帯でありました。講師は、当時産業界で活躍している数少ない工学博士、ならびに帝大卒の工学士を多数そろえていました。
 時代は明治・大正・昭和・平成と変遷し、その間学園は幾多の困難を克服し、創立者の精神を受継ぎ、次代を担う科学者・技術者養成と工業教育の普及に努めてきています。現在、三学部十七学科・大学院十四学専攻・短期大学一学科で在校生九千二百九十二人、教職員四百八十三人。今日までに学園を巣立った科学者・技術者は約五万三千人を数え、全国・全世界に活躍しています。
夜景も一望できる
 では、キャンパスというと、工学部の二年〜四年生・大学院生は神田キャンパス。ここは錦町に五つのビルにより形成されており、建物から一歩踏み出すとそこはもう神田のスキー店街になっています。校庭がないというのは誠にさみしいものでありますが、その分上に高く十七階建てという十一号館があります。なんといっても十七階のスカイラウンジから一望できる東京の夜景には目をみはるものがあります。その他にテニスコートが二面屋上に設置してあります。
 理工学部・大学院は鳩山キャンパス。ここは埼玉県の高坂という大変のどかな所にあり、すぐお隣にはあのラトウ君、ナモア君でラグビー日本一になった大東文化大学があります。すぐ隣りの全く同じ環境のグランドで練習すれば、いずれはこの電大がラグビーで日本一になるかも? 全くならないという可能性はありません。
千葉に新キャンパス
 そして平成二年に開設したのが千葉ニュータウンキャンパスです。ここは工学部の一年生だけなのですが、設備に関しては誇れるものがあります。その他に東小金井に、学生寮とグランドがあります。体育の授業はこのグランドがメインになるわけですが移動に時間がかかるために多くの人がこの授業を取らずに自然コースを選びます。このコースには、ほとんどが三泊四日という日程で、ニセコ・蔵王でのスキー、富士急でのスケート、富士登山、新潟でのゴルフというのがありまして、これに参加すれば体育の単位が取得できるという、いかにも東京は神田にある大学だという気がします。
 東京電機大学では、地域に根差す大学として、千代田区教育委員会等ともタイアップし、科学技術系大学である我校の特色を生かし、国際的話題に触れながら、身近な先端技術を紹介しつつ最近の科学技術と人間社会について千代田区民大学講座を常時行なっております。


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