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KANDAルネッサンス 12号 (1990.01.16) P.4〜5 印刷用

街の魅力の発掘と未来・III

スポーツ店街・神田小川町

 シーズンのスポーツ用品はもちろん、あらゆるスポーツ用品を季節を問わずに手に入れることができる、ここはまさにスポーツーの楽園。しかし、このところ各スポーツ店ではスキー用品が急激に売上げを伸ばしています。スキーだけの専門店も数多く進出してきています。スポーツ店がスキーに力を入れ出した原因は、映画「私をスキーに連れてって」の若者への影響などもあるようです。今最もトレンディーなスポーツ・スキー、さらに過熱しそうな状況です。そこで神田小川町の未来をマジメに、そしてオモシロク予測してみます。
神田小川町にスポーツ店進出
 100店はあると言われる神田小川町を中心とするスポーツ店の数々。これだけのスポーツ店街は世界でも類を見ないと言います。いつからスポーツ店街が形成され、そして、なぜここなのか。
 大阪で創業した美津濃(株)が、明治45年この地に進出してきました。当時、美津濃の社長は野球好きであったと言うことです。野球と言えば大学野球が人気で、それを応援したいがためか(?) 東京に進出して来たようです。推測の域を出ませんが、それが本当であったならば、真のスポーツーに心から拍手を贈りたいと思いませんか。
 この美津濃の進出を機に、次々とスポーツ店が進出してきました。名古屋からアルペン、新宿からICI石井スポーツ、御徒町からスポーツ寿苑など。さらに、以前は靴店であり、その後スポーツ店に業態変化した千代田スポーツ、日の出スポーツ、ミナミスポーツなどもあります。このようにして、神田小川町に集ってきたスポーツ店。最近ではスキーの好調な売上げに、販売期間も益々広がり、年間を通してスキーだけの販売専門店も増加しています。
街は知らないがスキーはここで
 冬期間の土曜、日曜ともなると、大学生を中心に20代の社会人など多くの人たちがスキー用品を求めて神田小川町を訪れます。全国のスキーの売上げの約30%をここで占めています。スポーツの街以上に、スキーの街のイメージが定着しているようです。逆に、街の他の顔を知らない人が多いのも事実です。
 さて、店内に一歩足を踏み入れると、人の波を泳ぐ技術も必要なほどの混雑。雑誌などでも数多く紹介されて店や、口コミで伝わった安売りの店などは道路まで列をつくるほど賑わっています。その一例として紹介するのはフソウ運動用品(株)。中級者から上級者向けのスキーモデルを中心に販売するスキー専門店です。昭和34年にスポーツ店として神田小川町に進出し、昭和49年にスキー専門店に業態を変えました。スキー好きの店員も忙しい毎日が続き、スキーをする時間もとれずに、行きつくところはゴルフとか。種類は違えどスポーツを続ける彼らは立派なスポーツーだと思います。
スポーツ人口の変動
 個人で楽しむジョギングと多人数で楽しむ野球の両極端で人口が減少しています。変動が少ないも
のや増え続けているものは、個人競技であっても、実際はグループ単位で楽しむケースが多いもの。スキーやテニスは学生を中心とする小グループで、ゴルフは会社の接待など。スポーツは今、10人以下の小グループで楽しむ時代にあるのかもしれません。
スポーツーの楽園
“スキーはひとつのファッション”しかも日常生活をも変える。
 都心を歩いていても、スキーウエアを着た人をたびたび見かけます。スキーのために着ているのではないようです。スキー場だけのウエアから、日常の生活の中へ。スキー用品はお客の上級指向(ある意味ではミエ)に対応するために、デザイン的にも益々高級化しています。ラフに着るものもオシャレでありたい、という若者の欲求を満足させられるものがスキーウエアなのかもしれません。自動車なども、雪道なら四輪駆動。それでいて、都心を走ればラフなオシャレができる。雪国に住んでいる人が四駆に乗るのは生活の必要にせまられたから。都心の人が乗り始めたのは、アウトドア・ライフ愛好者やスキーツーの影響。スキーは生活を変えると言っても過言ではないのです。
 こうなると、テニスラケット小脇にかかえ街を歩くのと同様に、スキーを担ぎ街を歩きお茶を飲む姿が見られるかもしれませんね。また神田小川町にはスキー用品を求めて多くの人が集るのだから、こんなことも考えられます。
 構想——御茶ノ水駅前から駿河台下までの坂道を人工ゲレンデにしてしまう。スキーを買ったその場でゲレンデでスキーを楽しんでもらうことを目的とする。ある一定期、道路は車の進入禁止にする。完璧な楽園構想ができあがる。
 数年前、東京に大雪があった時、六本木の街中をスキーウエア完全装備の人がズリズリ滑ったということもありましたし、あながち実現不可能というものでもないと思います。そこまで次代は読めなくなってきているのです。

 それだけ未来展望は難しいものですが、神田小川町について言えることの一つは、本誌前号・秋葉原と同じこと。品物を買ってすぐに自宅に持ち帰る人は車が多い。しかし、駐車場が思ったほど完備されていないことです。加えて、日曜日に営業している飲食店も少ないこと(街全体の集客量に対して)。極めて健康的で今後益々伸びるであろうスポーツ関連を予測すると、ここにはもっと多くの人たちが集ってきます。呼び込むだけの各店のパワーも感じられますし、新規参入の会社もあるでしょう。そうなった時のために、また、もっともっと夢のあるスポーツーの楽園にするためにも、目的以外のわずらわしさを少しでも解消していかなければいけないと感じています。

KANDAルネッサンス編集部


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