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神田資料室

KANDAルネッサンス 7号 (1988.10.01) P.6 印刷用
神田の音・神田の耳(6)

ふりむけば……

田中ゆかり 

 遠くから自動車のクラクションや工事現場の音が聞こえる。彼等は私を包みこんだとたん去って行く。踊りながら、歌いながら……。下水を流れる水の音が私に話しかける。石の階段に犬の声が落ちてくる。ゆっくり階段を上るおばあさん。
 ここは明神男坂。どんな音でも優しくなる不思議な空間。男坂を上り境内に入る。スピーカーからお囃子が聞こえる。大きくもなく、小さくもない音が明神様の境内を埋める。その中をラムネの瓶の音が飛び跳ね、おじいさんや子供たちと遊ぶ。お正月にはあんなにも華やかで賑やかだった明神様が、今日はひっそりとたたずむ。お宮参りの家族の幸せそうな笑顔。時々鳴る太鼓の音は、神田明神の鼓動かもしれない。
 
 白山通りと靖国通りに挟まれた商店街はすずらん通り。古い建物と新しいビルが並ぶ街。この短い通りには、懐かしさを感じさせる建物が多い。昔からの文房堂、須賀楽器。名も知らぬ雑居ビルに入れば、急な石の階段と木の手摺り。気紛れに角を曲れば、古本屋、喫茶店が並ぶ。靖国通りの騒がしさが嘘のよう。
 七月末に法政大学の学生が行ったリアルタイムの調査テープを聞く。静かで音が少ないと言う彼らの印象に反して、通りは音に満ちている。音がありすぎるがゆえに、人の耳は音を聞けなくなる。人は特別な音や大音響以外は、聞き取ることができないのかもしれない。いや彼等に限ったことではない。現在の私達は、聞かないことで騒音を減らしてきたのだから。

 すずらん通りを抜け、神保町の交差点を渡り水道橋へ向う。途中「李白」でお茶を飲もうか(ここはお薦め。特にお茶と和菓子のセットは最高!)、それとも「えりか」にしようか、と考えているうちに水道橋まで来る。水道橋へ着くその手前で左に曲がり、総武線の線路に沿って歩き約三分。野良猫が歩き回る中に私たちの事務所がある(そういえば今年の春に生まれたあの子猫たちは無事成長したようだ。兄弟で—姉妹かもしれないが—ビルとビルの間に家を作って住んでいるらしい。神田の中でもこのあたりはまだ人が住む地域だということが、子猫たちに幸いしたようだ。これはただの老婆心……)。

 私たち神田サウンドスケープ研究会が、活動を始めてすでに二年半が過ぎた。サウンドスケープの意味もよく知らず、調査方法も手探りで私たちは様々なことをしてきた。古い文献を調べ、インタビューの結果から神田のサウンドスケープの歴史を調べた。ニコライ堂の鐘の可聴領域調査に走り、アンケートにも歩き回った。まさに雨にも負けず、風にも負けず、である。
 時にはニコライ堂のミサにもぐりこんだりもした。ロウソクに灯を点していく信者。ミサは主教の祈りによって進み、聖体拝領で終わる。天井からの光とロウソクの光の中を、お香の煙が淡く漂う。異国の信者が祈るこの空間は、日本であって日本ではない。ここでは時間ですら足音を忍ばせて歩く。もしニコライ堂の回りに外人墓地があれば、ここは横浜のような街になっていたかもしれない。

 御茶の水から総武線に乗り、秋葉原で降りる。世界に名だたる電気街を神田と言えば驚く人もいるだろうが、秋葉原はれっきとした神田である。地図を見れば、神田相生町、神田練塀町などが並び、駅の隣りには神田青果市場、通称やっちゃばがある。台東区に近いこの辺りには、かつては熊さん、八っつぁんたちが住んでいたかもしれない。

 この号が出る頃、私たちは最終報告書の準備にかかっているだろう。吉と出るか凶と出るかはわからない。だがこの三年に及ぼうとしている研究を、いつかは神田に戻したいと思う。どうかそれまでは、これ以上神田が変わらないようにと願うばかりである。




田中ゆかり 神田サウンドスケープ研究会会員
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