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神田資料室

KANDAルネッサンス 6号 (1988.07.01) P.13 印刷用
彫刻が街にやってきた6

「妙音」

 
山下恒雄

 弁財天は七福神のうちの一神として、福徳長寿の神、智恵の神、そして音楽の神として祀られている。我が国に於ける俗間信仰にして、元と何人の唱道に係わるや詳ならず、三養雑記第四に七福神は狩野法眼元信の子松榮の画けるものが最も古しとなし、或いは僧天海初めて之を書くと云い、又七福神考の序(寛政巳未年)には、七福神の信仰は其の始まる所を知らずも、数百年前より既に然りと云へり、さらば足利時代の末期頃より行はれしものか、之を七福神となせるは、恐らく仁王般若波羅蜜経巻下受持品に「七難即滅、七福即生」と説けるに基けるものなるべし、と仏像辞典に記されている。
 この中の弁財天はサラスパティー河を神格化したもので、初めは土地豊饒の農業神として尊崇されたが、さらに智恵の神バーチと結合して言語や音楽の神に転じたもの。吉祥天と共に金光明経に説かれるなど古くからその信仰をかち得たが、とくに鎌倉時代以後は楽天として以外に、弁財天と記して、十五童子(或いは十六童子)を伴った福徳神としてきわめて汎く尊崇されるにいたった。七福神中の一つに加えられのも故なきことではない。その像容は金光明最勝王経大弁財天女品によって八臂像であることが多いが、後世のものには二臂で琵琶を手にするものや、八臂ではあるが蛇頭人身の像(宇賀神と云う)などがある。
 尚、代表的な古い作例である東大寺法華堂増は浄瑠璃寺吉祥天慰子絵のそれと共に八臂増であったと見られるなどと記載されている。このような事物を踏まえ、千代田区と台東区の境の中央通りに面した場所に設置されたレリーフの弁財天で題して「妙音」。琵琶を手に優美な肢体、うっすらと微笑みを、様々な古事をならい福徳福寿を街行く人々に施しを與えられんと願って制作しました。勿論銅版を金鎚、鞴を使用して打出した作品であります。

琵琶を手に優美な姿の弁財天。福徳長寿の神、知恵の神、音楽の神などとして知られる。
(千代田区外神田6-46-9 オガタビル)



山下恒雄 東京藝術大学教授
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