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神田資料室

KANDAルネッサンス 6号 (1988.07.01) P.1〜4 印刷用

特集 神田の「道」を考える

 神田の街は、昭和通り・中央通り・外堀通り・本郷通り・靖国通りなどなど、縦横に大通りが走っている。しかし、こういった大通りとは別に、一つ奥に入った路地・間道・脇道にこそ、神田の文化・イメージを保存する街並みがあふれている。
 その代表的なものに、駿河台にあるマロニエ通りがある。ここには、とちの木が古くから植樹され、この通りの名の由来ともなっている。ここには明治大学・文化学院・アテネ・フランセなどの古い学舎に加え、最近は名門となりつつある駿河台予備校・東京デザイナー学院・東京写真専門学校などが仲間に加わって、一つのカルチェラタンといった趣を形成している。また、すずらん通りには古書店が軒を連ね、また、名前は特についていないが、須田町の路地にはグルメ街といわれる程に新旧の飲食店が軒を連ねている。
 こういった独特の雰囲気を持つ通りに加え、最近一つ一つの通りに名前をつけ、街や通りを見直す動きがある。また、今まで表情に乏しかった通りに噴水や人工池、植樹を施こしたり、日本橋川に遊歩道をつけ、水辺に親しむ空間を造ろうという動きも出はじめてきている。
 このような神田の街の新しい動きを、読者からの投稿や実際の事例を参考にしながらみてみよう。

オアシス日本橋川の再生へ向けて
 神田の住民にとって古く江戸時代から馴じみの日本橋川。高速道路に覆われ、すっかり魅力を失って久しいが、この水辺を区民のオアシスとして復活させられないだろうか。
 まず川沿いに緑を増やしたい。川に接したビルにも協力していただき、窓辺に花を飾り、又少しでも余地があれば樹を植え、道路からアプローチ出来る小径を確保してもらう。ビルからは色とりどりのバルコニーをはり出し、憩の場とする。いっそ今はやりのアトリウムにしたら……。夜はライトアップ、しゃれたレストランなどいかがでしょう。
 殺風景なコンクリート護岸には自然石を積み、蔓を植えよう。水際には緑ゆたかな遊歩道、エベントが開ける小広場も欲しい。水上バスを通勤に、リクエイションに活用する。
 こんなことから多くの人達が水に眼を向け、神田の歴史に想いをはせる、豊かな生活がひらけていったらと思う。
 増水時に備え、防災に万全を期することは言うまでもない。

文・画 高島瑞夫 

提案 日本橋川遊歩道

日本橋川に遊歩道を
 後楽園のすぐ近く、三崎橋のところで神田川は二つに分かれる。ひとつは聖橋や万世橋を通って墨田川へ注ぐ流れ、もうひとつは一ツ橋や日本橋を通り同じく隅田川へ注ぐ流れである。前者はいわゆる神田川であり、後者は日本橋川と呼ばれる。
 この日本橋川を一度でも見たことのある方ならご存じだろうが、この川は非情に暗い。なぜなら、川の上を首都高速5号線が走っており日光をさえぎってしまっているからだ。陽の当たらない川は当然のごとく暗く、汚なく、臭(注:口へんあり)いもひどい。
 そんなこともあってか、この日本橋川をいっそ暗渠(ル:あんきょ)にしてしまえという意見もある。その上を駐車場にして有効利用を図ろうという計画らしい。
 確かに昨今の地価高騰ぶりや駐車施設の不足等を考え合わせると、限られた都心のスペースの有効利用という点ではもっともな意見かもしれないが、川を利用してこそ本当の有効利用といえるのではないだろうか。暗渠にしたら川はただの下水道でしかなく、その存在価値すらなくなってしまう。
 本誌にもこの日本橋川に関して様々な意見・提案が寄せられている。今回は“神田の道を考える”ということで、川に遊歩道をつくることにより神田独特の文化を保存し、まったく新しくつくり上げていこうという提案をご紹介させていただく。神田っ子ならずとも、ついぶらっと散歩に来てみたくなるような素敵な遊歩道である。
表情豊かな美しい坂道“道灌道”
 坂道は、そこを往来する人々に様々なインパクトを与えるドラマスティックなものである。ここ神田にも、風情ある坂道が数多くある。例えば、神田明神下の明神男坂、駿河台の男坂・女坂、駿河台から水道橋へ下るさいかち坂、そして同じく淡路町へ下る淡路坂などがある。これらの坂道は、高台から見おろす街並みの風景や、坂道に隣接する街路樹や建築物の美しさなどの高低のインパクトを一層引き立たせ、人々の目を楽しませている。今後さらに、これらの坂に人々が行き来し、集うようなランドマークが増えれば、将来的には渋谷の公園通りのような、ドラマスティッなコミュニティストリートへと発展する可能性もあり、街の美化や活性化を推進する地域の軸として期待されるゾーンだ。
 しかし、人々に街の美しさを感じさせるようなものが何もなければ、いかに坂道がドラマスティッで十分なポテンシャルをもっているとはいえ、人の心を和ませるには至らないし、街の活性化も望めないだろう。今日のように、街が単純にオフィス化される中では、このような憂いが拭いきれない神田の街だがそんな中でも、古くは池田坂と称され、近頃では“道灌道”と呼ばれる坂道が、表情豊かな美しい通りへ生まれ変わり、地域の軸として成長しつつある。
 この“道灌道”は、お茶の水駅聖橋口にあるお茶の水サンクレール内の小滝のある広場から始まり、緑青ふくニコライ堂を左に見て、中央大学の校舎群の中を通っている。又、現在建築中の中央大学会館や、近年、その建物のスケールもさることながら、周囲の植樹・坪庭の造成の美しさやオープンスペースを上手に取り入れた店舗と、車道よりも広くゆったりとした歩道を配する大正海上火災本館、同別館にも面している。
 一方、この“道灌道”の近隣には新築して化粧直しした杏雲堂病院や、新たに地域文化の先駆者として再生を計るYWCA、お茶の水のスフィンクスと呼ばれる主婦の友ビル3号館(お茶の水スクエアビル)等、優れた建築物に囲まれており、ストリートイメージのアップにつながっている。そして、右手に改築されたNTTを見ながら坂を下ってくると、鎮守の森の趣をもつ太田姫神社が見えてくる。この神社の前面は、境内とも解せるほど十分な広さを有する歩道で占められており、現代の車優先社会を感じさせない憩いの空間になっている。ここを境に南側が、神田小川町となって街の風情が一変するのも、神田ならではの楽しさになっている。
 このように、この“道灌道”は、歩いていて楽しい、バラエティに富んだ魅力を増しつつあるが、今後さらにこの通りが、沿道の建築物との一体化を進め、街の成長を計っていく為には、行政の助成制度だけに頼るのではなく、これまで行なわれてきたように、民間資本の相互の集積による地域開発の為の知恵と力が、一段と必要になってくるのではないだろうか。
 この“道灌道”に限らずに、せっかくの地域開発が真に実効をあげるよう、街に関わる人々の豊かな発想力と旺盛な自助意識裏付けられた取り組みを期待したい。
街並みを形成するトイレ
 電気街秋葉原への表玄関ともいえる万世橋は、昨年春に大規模な改修工事が行なわれ見違える程きれいになった。
 そして今、そのたもとに位置する公衆トイレも新しく生まれ変わる。とかく公衆トイレというと不潔で閉鎖的なイメージがつきまとうが、このトイレは明るく清潔で開放的なものになりそうだ。防犯対策も万全だという。
 公衆トイレのもつ本来の機能は我々通行人にとって大変ありがたいものであるが、それ以上に、万世橋や道路そして周囲との調和を損なうことなく設計されたという色やデザインは、それだけで既に街並み形成に一役かっており、“街づくり”あるいは“都市の活性化”という観点からも非情に興味深い。
カラー舗装の進む中央通り
 日本橋方面より神田駅・万世橋などを経て上野方面へ向う中央通り。ここでは現在、歩道部分のカラー舗装化が進められている。
 無味乾燥なアスファルトの歩道に比べ、幾何学模様をあしらったデザインは周囲の植樹とも相まって、この歩道に一つの表情を与えている。ややもすると喧噪的な印象しか残さない都心の道路に、こうして何かアクセントをつけることにより、道路自体はもちろんのこと、周辺の街並みにさえも潤いを与えることができるのではないだろうか。
 また、この中央通りでは街の景観と地下の有効利用という二つの観点より、電線を地下に埋めようという計画も進行しており、都心の新しい道都づくりの先駆けともいえよう。
外堀通りの“峠の茶屋”
 歩道・車道・歩道の三本の橋より成る昌平橋のたもとに小さな公園がある。てんとう虫のくっついた外燈が一本と、それを取り巻くように作られた円形のベンチがあるだけの本当に小さな公園であるが、外堀通りを利用する人々の憩いのスポットとなっている。
 電気街での買物の帰り道に立ち寄る人、神田川を見下ろしながらたたずむ人など、皆それぞれ違う目的でここを訪れるのだが、その表情には何か安らぎが感じられる。ちょうど昔の旅人が足を休めた“峠の茶屋”的な雰囲気をかもしだしている。
 人の心を休めるのは、大がかりな設備でもなければ過剰な装飾でもないということをあらためて知らされる思いである。
街並みと調和する都市の快適空間
 神田の街は昔から商人と職人の、そしてこの街で住んで働く人々によって神田独特の生き生きとした文化がはぐくまれてきました。この神田の街にも、都市の再開発にともなうビル化の波は、いやおうもなく押し寄せてきています。
 しかし、いつの頃からか、ビルの谷間に噴水や人工池を造る人、ビルにモニュメントを施す人、昔のイメージを保存するため復元再生という新しい手法でビルを建て替えた人、表情の乏しい空間に植樹・公園・遊歩道をつける人々が徐々に現れてきました。これは、今までビル化の波に押されながらも、この街で生きていきたいという商人、職人、企業などが、街の文化の保存と再活性化に関心を寄せるようになった表れなのです。また、これらは、古くからの街の文化とイメージを保存し、後世に伝えるのは、ここで生きて行く人々の重大な責任なのだということが、だんだんとわかってきたからなのです。
 テムズ川やセーヌ川など水辺に親しめる美しい河川づくりを目指す日本橋川遊歩道計画、街並みと調和する都市の快適空間をつくり出す駿河台の道灌道などなど、世界の都市としての「神田の顔」が少しずつ見えてきたようにも思えるのです。

KANDAルネッサンス出版部 深井英三


高島瑞夫 会社員
深井英三 KANDAルネッサンス出版部
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