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KANDAルネッサンス 4号 (1988.01.01) P.13 印刷用
彫刻が街にやってきた4

「犬張子」

鈴木久雄

 関東地方各所に鎌倉往還と称される街道が残る。一部は現代の交通路としても重要な役割を保ち、また一部はごくまれに農道として使われる野中の小道であったりもする。鎌倉往還は日本の中世初期構想された重要な建造物の一つであり、多くは街道の分岐点、集落の出入口近くに小さな石塚は配置される。道祖神である。古くは道案内の神である猿田彦につながる、行人達へのささやかなモニュメントである。簡素な板碑に刻まれた「道祖神」の文字、というだけの造作物が、あるいは台石の上に置かれ玉石だけの塚が、往時のモニュメントとして疑いのない存在価値を持った。
 彫刻作品の持つリアリティが、彫刻自身の内部で終るものか日常の世界に向って何らかの機能を持ちうるものか、これは現代の彫刻にとってたいへん難しい問題である。かつて美術が一つの大きなよりどころとした宗教と、それによって培われた共通の精神、生活土壌とでもいうべきもの、こうした基盤をそなえた古代・中世の彫刻群に対して、私はある種の羨望を感じることがある。それは例えば、谷に掛けられた一本の橋が橋としての日常の機能を充分に果たしながら、同時に谷間の空間をひきしめる造形物として意図せずに造形の深部に入り込む、といったような存在に対する羨望にも通じる。
 犬張子は江戸時代の代表玩具である。かつては赤子誕生後のお宮参りに際して、親類縁者から祝品として贈る風習があった。可愛らしい犬は安産・多産の象徴であり、人々の豊饒への祈りにも通じるものである。

どことなく愛嬌のある犬張子。錦町界隈の道祖神としてお賽銭の絶える間がないという。
(千代田区神田錦町1-5 河辺ビル)



鈴木久雄 武蔵野美術大学助教授
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