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KANDAルネッサンス 3号 (1987.10.01) P.13 印刷用
彫刻が街にやってきた3

「北の守」

山下恒雄

 古来毘沙門天は、四方鎮護・国家守護の四神(四天王)のうちの一つで多聞天ともいう。北方の守護神で四天王中最も信仰され、日本では七福神一つとしても深く信仰されている。忿怒(ふんぬ)の相で、左手に宝塔を捧げ、右手に宝棒をとり、勇ましく突立つ御姿は雄々しく美しい。この「北の守」立像制作では私の考える毘沙門天表現に重点をおき制作をした。したがって古来から傳(つた)わる様式の毘沙門天立像から出来得る限り離れて考えることに留意し、優雅さ、剛勇さ、若々しさの表現に重点をおいての制作を行なった。特に我が国に残されている像の多くは塑像・木彫・鋳造・乾漆などで作られた像が多いが、この「北の守」は鎚起(鎚によってたたき出す)や、打絞技法に依って作られている点は特に珍しい立像であると思われます。
 オーナーの村田様の若い時代(軍隊時代)、千島列島の守護隊として活躍され、我が国の北の護りを見を持って果された貴重なご経験を想い出され、此の度の像の建立に際してのご縁のもっている意味合いの深さを感じられて、大変喜んで頂きました。私は今日この様な機会を与えられ制作出来ましたことは、作歌冥利につきるものと深く感謝致して居るしだいです。

左手に宝塔を捧げ、右手に宝棒をとり、勇ましく突立つ毘沙門天像。学生達で賑わう駿河台の新名所となりつつある。
(千代田区神田駿河台2-5 村田ビルディング)



山下恒雄 東京藝術大学教授
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