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神田資料室

KANDAルネッサンス 3号 (1987.10.01) P.1〜2 印刷用

特集 神田川プレイゾーン

神田川祭 神田川に新しい風が吹く

神田川に新しい風が吹く
高山 肇

 八月二十七日の午後、神田川に浮かぶちょっと変った舟に気付いた方はいただろうか。舟底から橋までの高さを忙しそうに測っている人、岸辺を指さしながら真剣に話し合っている人々、図面を見詰めて何やら考え込んでいる人……。
 神田川祭のお手伝いを始めた当初は、何から手を着けていいか見当がつかなかったが、この三度目の実験舟に乗り込んだみんなの真剣な顔、そして夕日を浴びて帰路に着いた舟のなごやかな雰囲気の中で、私はこのお祭りの成功にひそかな自信を感じていた。
 神田川祭に今回参加しているのは、これまで多かれ少なかれ神田にこだわりをもってきた人達ばかりです。しかしながら私も含めて、神田川の存在を知っていても川を祭りの中心すなわち神田のまちづくりのシンボルにするとは考えてもみなかった人が多いのではないのでしょうか。
 祭りの準備を通じ、この四月に落合浄水場が完成し神田川の水がきれいになりつつあることを知ったこと、また初めて実験舟に乗って神田川を上ったときに、昌平橋の下で見た大きな鯉、どれも驚きと発見の連続でした。
 千代田区をはじめとする行政関係の方々、参加の各団体、そして資金の援助をお願いした企業の方々……こうした立場の違いを乗り超えた人々の協力と盛り上がりは、根源的にこの企画の正しさ、そして何にも増して地元神田への愛情を示すものではないでしょうか。神田川に対する思いで、ここに住む人、また働く人、そして行政に携わる人々が心ひとつにして繰り広げる神田川祭……伝統的な神田明神のお祭り以外にこれほど有意義な集いは無いと思います。
 エレクトロニクスのまち秋葉原、スポーツのまち小川町、繊維のまち須田町・岩本町、本のまち神保町、神田はこの狭い中に多くのキャラクターをもっています。十月四日はそのそれぞれを代表し、又、町会、ロータリークラブ、JC、YMCA等の団体の仕立てた舟八艇による水上のパフォーマンス、そして日が暮れてからはレーザーとネオンを使った舟と川の光のショーを計画していました。
 しかし、奇しくも三度目の実験舟を出して皆が祭りの成功を確信した夜、天皇陛下沖縄訪問に反対する過激派によって猿楽町でおこったロケット弾事件。にわかに警察官の目にとまるようになった九月一日、祭りを一ヶ月先に控え準備に飛び回っていた私達のもとに、ショッキングな知らせが飛びこんできました。祭りの始動以来中心的存在の久保金司氏が警視庁に呼ばれ、祭りの十月実行を自粛してほしいという警察当局の要請。九月三日、本来ならば各団体のパフォーマンスの発表の場になるはずの第二回全体会議、会場になった久保工務店インテリアパークは緊張した空気がみなぎっていました。警察の対応に納得がいかないと云う意見、この盛り上がりをいかに継続していくかが問題という意見も出ました。
 しかし、さすが神田っ子、延期と決まると生来の負けず嫌いも出て、かえって延期になった方が大きなお祭りが出来て良かった、あれもやりたい、これもやりたいと、もっぱら話題はお祭りの話になり、みんなの顔に笑顔がもどってきました。
 人口の激減している千代田区、神田。町単位で行動を起すにはあまりにも小さすぎます。この神田川祭を通じ、短い間に大勢の新しい人達と出会いました。誰もすばらしい人達ばかりです。
 私にとっての神田川祭は、もう成功したのも同じです。この大きな感激を心に秘めながら、ひと回り大きくなった来年のお祭りに抜向ってレッツゴー!!

【神田川祭・夜の部イメージスケッチ(左)】
普段見慣れたお茶の水駅の水辺に、光の環境インスタレーションが構成される。川は光のキャンバスとなり、あたかも都市の装置であるかのように展開していく。

【神田川イメージポスター(右)】
 神田川に咲くエレクトリック・フラワー。後方の風景は聖橋周辺。明るく楽しい催しとして神田っ子のイキな感じと先端産業としてのハイ・テクノロジーのイメージを、元気で目立つ感じにし、このイベントの旗印になるような表現をしました。花瓶の文様は江戸の文様で、神田の伝統、庶民のエネルギーを表現し、神田川の水を吸い上げ未来に向かってハイテクの花が咲きます。 グラフィックデザイナー 川村 易

高山 肇 神田川祭実行委員会
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