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KANDAルネッサンス 2号 (1987.07.01) P.13 印刷用
彫刻が街にやってきた2

「辻固めの獅子」

鈴木久雄

 子供の頃、正月が来ると家々を回った伊勢太神楽の獅子。関東平野の村々にも残っている三匹獅子の道行、辻固めの舞。古来、獅子は人の力を超えた霊力を持つ獣として、村々から悪霊を祓い、悪疫を追い出し、又ある時は雨乞いの役割を務めてきた。神田明神祭礼先頭楽車、刻を告げる鶏に続く第二の楽車、猿田彦が、道中を案内し、道々の安寧を約する道祖神の役割を務めるように、獅子も又、道中、辻々の様々な不安から人々を解き放つ。獅子舞の起源を伎楽や舞楽にまで遡るものとすれば、それは中世以前、古代より今に至る永い間に形造られた民間信仰の対象である。現代の我々が、かつて古代、中世の不可知、不安な事々の多かった時代の獅子や猿田彦に托した思いを想像することは難しい。獅子頭を被った村の男が神に選抜されたシャーマンとして、夏の炎天の下に舞い狂い、辻々の風を真剣を振って切り裂き、悪霊を祓う、そんな激しい思いとはどんなものなのか。
 昭和五十九年三月、美土代ビルの辻角に据えられた獅子舞彫刻は辻をにらむ。かつて仏像彫刻や道祖神や獅子頭は、人々の願い、信仰の対象となった時、初めて木端や石ころ以上の物になっていった。同様に、現在、あるいは将来の日々、街角を過ぐる人々の様々な思いを托され、この彫刻が黒御影石の石塊以上の物になってくれるかどうか。街角に置かれる彫刻が永い年月、街の人々との無言の交流を通してその機能を果し、自らを位置付けていくものだとすれば、「辻固めの獅子」は設置されたその日から、その本来の完成に向けて製作の第一歩を始めたと考える。

ビルの辻角に設置された獅子。あたかもその姿は、オフィス街へ向う人々を見守る番人のようである。
(千代田区内神田1-12-12 美土代ビル)



鈴木久雄 武蔵野美術大学助教授
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