KANDAアーカイブ

神田学会
お知らせ 神田資料室 神田マップ 神田写真館 百年企業のれん三代記 神田の花咲かじいさん 出版物紹介 神田学会とは 神田学会資料請求 関連リンク Perspectives in English 神田アーカイブとは リンクについて 問い合わせ

神田資料室

KANDAルネッサンス 2号 (1987.07.01) P.3 印刷用

特集 神田川を考える

都会の中のオアシス

陣内秀信 

 御茶ノ水の聖橋のあたりを舟で通ると、緑に包まれた深い渓谷に広がる水景の美しさに圧倒される。世界の大都市で、こんな水辺のダイナミックな景観をもつ所は、他にないだろう。緑多き丘陵の「山の手」と水の都「下町」。この二つを組み合わせて生まれた都市、江戸を下敷きとする東京ならではの都市景観といえる。
 両国橋の近くから神田川を上って行くと、水とともに都市を形成してきた東京の姿が、今でも読みとれる。柳橋の船宿と屋形舟、万世橋のたもとに栄えた賑やかな広場、その近くの秋葉原の青果市場と貨物駅、そして近代のモニュメント、聖橋と御茶ノ水橋。さらに行くと、これが東京かと疑いたくなるほどの緑溢れる都会の中のオアシスのような水辺に入り込む。
 この神田川は実は、江戸時代の初めに掘られた人工的な水路である。下町を大水から守り、また水運に使われたばかりか、掘り出された土が日比谷入江を埋めて市街地をつくるのに役立ったというから、一石三鳥だったことになる。多くの掘割が埋められた東京にあって、神田川の水辺空間は実に貴重な環境資源といえよう。
 ところが目下のところ、この水辺もほとんど使われないまま放置されている。かつては物を運ぶ舟ばかりか、芝居見物に向かう遊びの舟も通り、また深い渓谷の土手は子供達の格好の遊び場だったということを、是非、思い起こしてみたい。水辺の空間は、人々に使い込まれることによって大きな意味をもち、その風景も美しくなるのは言うまでもない。
 その意味で、今、期待されるのは、この水辺の空間の面白さを我々が身体を通して感じることのできる体験の場を、「祭り」によって創出することではなかろうか。水辺はいつの時代にも、祝祭的な気分を盛上げ、人間の心を解放することのできる、不思議な力をもった場所なのだ。
 川を使った「祭り」は、世界の色々な都市で、古くから行われてきた。そして環境思想の高まった近年、現代的な発想を導入して催される水辺のクリエイティブな「祭り」は、都市再生のための一つの切札として、各地で活発になっている。
 神田川に再び人々の声がこだまするのを、心から待ち望みたい。


陣内秀信 法政大学助教授
ページの先頭へ

戻る

ホーム ホーム